【携帯電話機の磁石の用途・アイソレータの話】
現代人の生活に欠かせない携帯電話機。この中には様々な永久磁石が使われています。主な用途には、スピーカ、ヘッドホン、振動モータなどがあり、これらにネオジム磁石が使われているのは皆さん良くご存知だと思います。しかし、そのほかにもほとんどの皆さんが知らない永久磁石の用途があるのです。例えば、折り畳み式携帯電話機では、バッテリーの省電力化のためにフタの開閉を検知し、液晶画面を自動的にOn/Offするセンサにネオジム磁石が用いられていたり、送受信電波の交通整理のためのアイソレータという部品の中にフェライト磁石やサマコバ磁石が使われたりしているのです。そこで今回は、あまり聞きなれないアイソレータという部品の役割と磁石の関係についてのお話をさせていただきます。
1.ファラデー回転(ファラデー効果)
英国のマイケル・ファラデーは電磁誘導の法則(1831年)で有名ですが、そのほかにも様々な実験を行い、1845年“ファラデー回転”という磁気光学効果を発見しました。磁気光学効果とは、磁界によって結晶の光学的性質が変化する現象で、ファラデーはある種の光学ガラスにおいて、磁界中で光の偏光(一定方向に振動する光)面が回転するという現象を発見しました。
近年、磁性セラミックスであるソフトフェライト(磁石ではない)のうち、ガーネット型フェライトが大きなファラデー回転を示すことがわかり、YIG(イットリウム・鉄・ガーネット)などの単結晶がファラデー回転子として光部品や高周波部品で利用されています。
2.アイソレータの原理と役割
レーザー光のような光を利用する光通信機器では、不必要な反射光は誤動作やノイズの原因となるので、光の一方通行をつくる役割をする光アイソレータが必要です。同じように携帯電話で利用する電波も光の一種ですから、ファラデー回転が利用できます。光では偏光面の回転ですが、電波では偏波面の回転を利用します。右図は携帯電話機の送信部に使う、UHF帯やマイクロ波帯の“アイソレータ”の基本的な構造です。
図に示したように、アイソレータは三差路のような構造を有する部品で、中央には磁石にはさまれたソフトフェライトが組み込まれています。(1)の端子から送られた電波は(2)の端子(アンテナ側)へ流れます。しかし、偏波面は回転してしまうため、電波は(2)から(1)へは戻れません。さらに、異常反射などの有害な電波は(2)から入ることになり、同様に今度は(3)方向に誘導され、抵抗体内部で熱として消費させられます。このように、アイソレータは電波の一方通行の通路を作り、送信部のパワーアンプを安定化させて、通話品質を劣化させない重要な役割を担っているのです。
3.実際のアイソレータの構成
右図は800MHz携帯電話機用の小型アイソレータの一例です。中心導体が巻かれたソフトフェライト(YIG)、永久磁石、コンデンサ素子、抵抗素子が内臓されています。永久磁石には高性能なフェライト磁石やサマコバ磁石が用いられます。
ソフトフェライトを使ったアイソレータが考案されたのは1950年代です。当初の応用は特殊な無線機や計測器などに限られていましたが、その後、通信電波の高周波数化が進み、さらに携帯電話およびその基地局などの通信市場が成長するにつれ、アイソレータの需要は急速に拡大してきたのです。
そして今や携帯電話は、単なる通信手段だけではなく、マルチメディア機器、ホームセキュリティ機器、ホームネットワーク機器、電子マネー、電子チケットなどになりつつあります。永久磁石はその心臓部に使われ、ますますその重要性が増してきています。なお、光ファイバーを利用した光通信にも、厚膜単結晶のファラデー回転子と小型リング磁石を組み合わせた光アイソレータが使われていて、この分野でも永久磁石の活躍の場が拡がっています。
(参考資料)
「磁石忍法帳」 吉岡安之著 TDK株式会社編 日刊工業新聞社発行
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