【超伝導電磁石の応用続編およびSQUID磁力計】
先月号では超伝導電磁石が産業機器として始めて量産応用されたMRIについて解説しましたが、今月は超伝導電磁石のその他の応用状況およびSQUIDについてお話をさせていただきます。
1.超伝導電磁石の強磁場を利用した新しい研究分野
先月お話したように、GM式小型冷凍機の出現で比較的簡単に極低温が実現できるようになったことと、ビスマス系酸化物(Bi-Sr-Ca-Cu-O)の線材化技術も進歩して、20K(-253℃)ほどの低温下で働く超伝導電磁石が製作可能となり、数テスラ以上の強磁場が簡単に手に入るようになると、新しい磁場の効果が種々明らかになってきました。いくつかの例を次に示します。
(1)液体面の制御・モーゼ効果
超伝導コイルが発生する磁場は、右図のように中心位置が最大で、中心から離れるにしたがって減衰します。
水は弱い反磁性の物質であるため、10テスラ(T)程の磁場を加えると水は磁場の強いところから弱いところに逃げて、図のように水面が凹む現象が起こります。これを“モーゼ効果”と呼び、モーゼの十戒で海面が割れるシーンから想像して命名されたもので、実際には深さ10mもの海面を割るには数百テスラ以上の強磁場が必要になります。但し比重がほぼ同じで磁化率が異なる液体(硫酸銅と有機溶剤など)の界面は、ネオジム磁石の0.5テスラ程度の磁場でも、視覚ではっきり分かるほど変化します。これは“エンハンスト・モーゼ効果”と呼ばれています。
(2)無重力状態・磁気アルキメデス効果
強磁場の中での磁場勾配が大きい場所では、常磁性のガスや液体の中にある弱い反磁性の物体(水滴や有機化合物液滴)は磁場に対して反発力が働き、重力に逆らって浮遊するようになります。これを“磁気アルキメデス効果”と呼び、磁気分離技術への応用や擬似無重力状態下での各種研究への応用が可能となります。
(3)磁気活性水の研究
古くから磁場を印加した“磁気活性水(磁化水)”の各種研究が行われていて、(1)配管の防錆、水垢付着防止効果、(2)コンクリートの強度・耐久性向上効果、(3)大腸菌の死滅効果、(4)植物の生育促進効果、(5)汚水処理効果、(6)尿路結石治療効果、(7)酸素溶解・アルカリ性化効果、等々の研究や実験結果が発表されていますが、いずれの場合もその効果および理由が明確ではありませんでした。最近になり、“水分子のクラスターモデル”や“ローレンツ力モデル“等が提唱され、永久磁石レベルの磁場強度でははっきりしない現象、効果に関して、超伝導電磁石による強磁場下でより明確なデータを得ようと各種実験が始まっています。いずれ磁気活性水の性質、特徴、各種効果が科学的に解明できるようになるのではないでしょうか。
2.超伝導電磁石によるシリコン単結晶の製造
半導体のウェハー用のシリコン単結晶は“チョコラルスキー法”という融液引き上げ法で製造されますが、図-4のように単結晶引き上げ中に上下の温度差により対流が起こり、そのために石英容器から溶け込む酸素が単結晶に混入してしまいます。高純度のシリコン製造には不純物の混入を極力防ぐ必要があり、この酸素混入を防ぐために融液の対流を抑えなければなりません。そのために導体であるシリコンの液体に0.4テスラ程度の磁場を印加すると対流が抑えられます。印加される0.4テスラの磁場は、大きな単結晶装置では普通の電磁石だと大型、大重量になりますが、20K動作のビスマス系超伝導電磁石とGM冷凍機のシステムにより格段に小型化され、性能が向上しました。
3.高感度・精密磁気測定可能なSQUID磁力計
通常の磁束や磁束密度は常伝導コイルに流れる電流を検知したり、ホール素子による磁気抵抗効果を利用したりして検知しますが、微弱な磁束はSQUID磁力計(超伝導量子干渉磁力計)を使います。第2種の超伝導体に侵入できる細く微弱な磁束を量子化磁束と呼びますが、この量子化磁束1本は500万分の1ガウスに相当します。ガウスの単位は1cm2あたりですから、1cm2の超伝導体のリングに1本の量子化磁束が通ることは500万分の1ガウスの磁場があることになります。したがって微弱な磁束を検知・測定するためには図-6のような超伝導体のピックアップコイルの組合せと“ジョセフソン効果”を利用します。ジョセフソン効果とは弱く結合した2つの超伝導体の間に、超伝導電子対のトンネル効果によって超伝導電流が流れる現象であり、この現象を使って量子化磁束の通過に応じて電流が流れる回路にして磁束の出入りを検知します。
微弱な磁場を測定したい場所に液体ヘリウムで冷却されたピックアップコイルをセットし、磁場によって誘起される電流を超伝導リングの近くに置いたコイルで再度磁場に変え、増幅することによって100億分の1ガウスより高感度で磁束密度が計測できます。
SQUIDの超伝導リングや配線には、細線加工されたニオブの薄膜などが使われますが、最近では高温超伝導体の薄膜技術が進歩してきましたので、イットリウム系酸化物などが利用可能となり、液体窒素で冷却できることから計測装置の低価格化が期待できそうです。
SQUIDの用途は超伝導体の研究開発や右図のように脳や心臓の磁気を測定して生体の情報を得る最新医療にも拡大しています。従来の脳波検査や心電図検査は皮膚の表面に付けた電極で体内電流を評価するものですが、SQUIDによる磁気計測の方がはるかに精密な評価ができるようになりました。
このように、超伝導技術はMRIのみならずSQUIDも最新医療分野で活用され始めています。
以上、今回は超伝導電磁石のMRI以外の最新用途やそれを利用した強磁場下での各種研究、SQUIDの最新技術などを紹介させていただきました。来月は超伝導シリーズの最終回として“送電ケーブルへの応用”について最新技術と実用化の動きについてお話しする予定です。
(参考資料)
「トコトンやさしい超伝導の本」 下山淳一 日刊工業新聞社
「おもしろい磁石の話」 (社)未踏科学技術協会 日刊工業新聞社