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電池の基礎シリーズ(9)

今までの電池の基礎シリーズでは、化学電池としての一次電池および二次電池を中心にお話をしてきました。今月からは、燃料電池についてご一緒に勉強してみましょう。燃料電池はやはり化学電池に分類されますが、一次電池や二次電池のように「電気を貯める」のではなく、「電気を作る」電池であり、クリーンな発電システムとしての“究極の電池”と言われ、長い間、世界中で研究・開発競争が行われてきています。最近になり、電気自動車の普及が本格的になり始め、その駆動電源としての実用化がいよいよ現実的になってきました。また、家庭用の補助電源、携帯電子機器の電源としても製品化が開始されています。

1.燃料電池の原理と構造

(1)燃料電池と一次電池・二次電池の違い

燃料電池と一次電池、二次電池(以下では単に電池と呼びます。)は「電池」という部分は同じ呼称をもっています。この両者の類似点と相違点をまとめてみます。

燃料電池と電池の類似点は、いずれも化学エネルギーから電気化学反応を利用して電気エネルギーを得るデバイスだということです。電気化学反応の基本は、電子伝導体である二つの電極とイオン伝導体である電解質から構成される反応器(電気化学反応器)において、2つの別々の電極-電解質界面において電子の授受を行うことによって、それぞれ(電気化学的)酸化反応と(電気化学的)還元反応を行うというものです。それぞれの電極の名称は、その反応の種類または極性から、それぞれ、アノードまたは負極、カソードまたは正極と呼ばれます。アノードで化学物質(還元剤)を酸化して受け取った電子が外部回路を通ってカソードに移動して別の化学物質(酸化剤)に電子を与えて還元することによって全体の反応が完結します。

外部回路を電子が流れるときに電気的仕事(電気エネルギー)を行います。水素を燃料として、酸素を酸化剤とする燃料電池の場合は、

アノード:H2 → 2H+ + 2e-

カソード: (1/2)O2 + 2H+ + 2e- → H2O

全体反応:H2 + (1/2)O2 → H2O

となり、水の電気分解の逆反応になっています。

相違点は、電気化学反応に関与する化学物質の存在する場所です(下図)。燃料電池では、これらが燃料電池の外部にあるのに対して、電池ではこれらが内蔵されているという点です。

電池の基礎シリーズ-画像130601

化学物質が未反応の状態で存在する限り電気エネルギーを発生できるわけですから、燃料電池は原理的に永続的に電気エネルギーを発生できるのに対して、電池は原理的には内蔵された未反応の化学物質がなくなるともはや電気エネルギーを発生できなくなります。電池が二次電池の場合には、この状態で外部から電気エネルギーを投入(充電)することによって元の化学物質に戻すことができるので、再び電気エネルギーの発生(放電)が可能となります。

(2)電気分解と燃料電池

(1)項の内容についてもう少し具体的に考えてみましょう。

まず、最初に学校で習った水の電気分解について思い出してみましょう。水に伝導性を持たせるためにわずかな硫酸を加え、2本の白金電極を入れ、上段左図のように直流電圧をかけると電流が流れ、各々の電極で化学反応が起こります。陰極では水溶液中の陽イオンである水素イオン(陽子)が電子と反応して水素分子になります。陽極では水分子が陽極に電子を与え、水素イオンと酸素分子になります。

結局、全体では水が分解して水素と酸素を発生したことになります。言い換えると、水に電気エネルギーを与えて、水素と酸素を得たことになりますが、逆に水素と酸素を緩やかに電気化学的に反応させると水が生成し、電気エネルギーを取り出すこともできます。これが燃料電池です。

上段右図には最も基本的な燃料電池の原理図を示します。燃料電池では2つの電極のことを燃料極(負極、アノード)と空気極(正極、カソード)と呼びます。図に示すように燃料極に水素、空気極に酸素を供給しますと燃料極では水素が白金触媒上でイオン化し、水素イオン(陽子)と電子となります。水素イオンは電解質を通って空気極に、電子は外部の回路を流れて空気極に移動します。一方、空気極では酸素と電解質中を通ってきた水素イオンと外部回路を移動してきた電子が反応して水ができます。このように電子が外部回路を移動するので電子とは逆の方向に電流が流れ、電気エネルギーを得ることができます。燃料電池では水素と酸素が穏やかに電気化学反応して水が生成するので、燃料電池での反応は水の電気分解の逆反応ということになります。

乾電池や鉛蓄電池などの電池の場合、燃料と酸化剤を電池内に内蔵していますので、燃料および酸化剤を使い果たすと電気エネルギーは発生しなくなります。この点が普通の電池と燃料電池との大きな違いです。

電池の基礎シリーズ-画像130602

(3)燃料電池の種類と特徴

燃料電池にはいろいろな種類の燃料電池がありますが、反応温度や電解質の種類によって分類されています。表に現在実用化または開発中のいろいろな種類の燃料電池とその特徴を示します。反応温度が300度C以下の低温形とそれ以上の高温形燃料電池があります。

電池の基礎シリーズ-画像130603

低温形には固体高分子形(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)、アルカリ形(AFC:Alkaline Fuel Cell)やリン酸形(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cell)、高温形には溶融炭酸塩形(MCFC:Molten Carbonate Fuel Cell)や固体酸化物形(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)などがあります。

低温形燃料電池では反応性を増すために白金などの貴金属触媒を使用しますが、高温形では貴金属触媒を用いないでも電極反応が可能になります。

AFCでは電解質に水酸化カリウムを使用します。燃料に二酸化炭素が含まれていますと、二酸化炭素と水酸化カリウムが反応し、電解質が劣化します。そのため、燃料に純水素、酸化剤に純酸素を用いますので宇宙用や潜水艦用などの特殊用途に限られます。

PEFCでは電解質にプロトン伝導性の高分子膜を用います。燃料に一酸化炭素が含まれますと触媒である白金を被毒します。このため、燃料中の一酸化炭素の量を非常に低く抑える必要があります。

PAFCは電解質に濃厚なリン酸を用います。運転温度が約200度Cですので排熱は給湯や冷暖房などのコージェネレーションに利用できます。この燃料電池は、最も開発が進んでいる燃料電池です。

MCFCは電解質に溶融炭酸塩を用います。この炭酸塩は固体ですが約650度Cの運転温度では透明な液体になり、炭酸イオンがこの中を自由に移動します。

SOFCは電解質にイオン伝導性のあるセラミックスを用います。このセラミックスは約1000度Cの運転温度では酸化物イオンがこの中を容易に移動することができるようになります。この燃料電池は運転温度が高いために触媒を使用する必要はありません。

MCFCとSOFCは排熱が利用できますので高い発電効率が期待できます。

(4)燃料電池と宇宙開発

1957年ソ連の人類初の人工衛星スプートニクの打ち上げに刺激されて設立されたNASAは、ただちに有人宇宙飛行を立案しました。これはマーキュリー計画と名付けられ、以降アメリカとソ連の熾烈な宇宙開発競争が続くことになりました。1961年になり、マーキュリー計画による6回の有人宇宙飛行の成功に自信をつけた当時のアメリカ大統領ケネディーは、10年以内に人類を月に着陸させるとの声明を出しました。これが後のアポロ計画です。その実現のために宇宙での共同作業を行う必要があり、その訓練のために生まれたのがジェミニ計画でした。

ジェミニ宇宙船の1号と2号は無人でしたが、1965年3月23日に打ち上げられた3号から有人となり、初めて燃料電池が搭載されたのです。そこで使用されたのはアルカリ形ではなく、アメリカのジェネラルエレクトリック(GE)社製の高分子形燃料電池でした。その採用理由としては、タイタンロケットの能力に比較して、アルカリ形の重量は負荷が大き過ぎるために、より軽量で小型の高分子形が有利となったことが挙げられます。

しかし、電解質のポリスチレンを基本とした当時のイオン交換樹脂は耐熱性が乏しく、大量の白金触媒を用いても寿命および出力の面で限界があり、また生成水が膜の劣化により汚染されて飲用水として使用できないというトラブルも生じました。ジェミニ以降、膜の劣化現象の解明や改良が行われ、1966年にデュポン社により現在固体高分子形の主流となっている電解質膜が開発されたのです。これがフッ化炭素系イオン交換樹脂のナフィオン(ブランド名)です。耐熱性を付与して性能を格段に向上させ、1969年にはバイオサット3号に搭載され、生成水は飲用に使用できることが実証されました。

このように性能は向上したのですが、アポロ宇宙船に搭載されたのは、月面着陸時に予想される100度Cを上回る環境で動作するアルカリ形でした。その後、スペースシャトルにもアルカリ形燃料電池が採用されています。

次回からは、各種燃料電池の原理、構造、用途の詳細についてお伝えしたいと思います。

 

<参考・引用資料>

「図解でナットク!二次電池」 小林哲彦、宮崎義憲、太田 璋 共著(日刊工業新聞社)

「トコトンやさしい2次電池の本」 細田 條 著(日刊工業新聞社)

「よくわかる最新燃料電池の基本と動向」 PEM-DREAM 著 秀和システム

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