先月号では実用化されている燃料電池として、固体高分子形燃料電池(PEFC)についてお話をしました。今月は、PEFCと同様に比較的低温で動作可能であり、より大形で大電力用途に向いている「リン酸形燃料電池(PEFC)」について詳細に調べてみたいと思います。
(2)リン酸形燃料電池・PAFC(Phosphoric Acid Fuel Cell)
(2-1)リン酸形の発電原理
リン酸形の作動温度は200℃で、低温形の部類に入ります。この温度は、PEFCの100℃以下の作動温度と比較したときには低温形の分類としては微妙な数字といえるかもしれません。
基本原理は、電解質にリン酸を、燃料は水素と酸素を使い、触媒には白金が使われます。反応はPEFCと共通の原理として、以下のように進みます。
電解質のリン酸は酸性なので、アルカリ形のような二酸化炭素の問題は起きません。
安くて豊富にあり、使いやすい物質です。触媒の白金は一酸化炭素によって被毒してしまいますが、温度が高くなれば影響は少なくなります。リン酸が蒸発しない200℃という温度を保てば、燃料ガス中の一酸化炭素は1%程度(重量比)が許容濃度となり、燃料面でもアルカリ形より使いやすくなります。
(2-2)リン酸形燃料電池の構造と反応
リン酸形燃料電池(PAFC)は商用化の段階にきている燃料電池です。前項で説明したように、PAFCの原理はPEFCのそれと同じく、燃料極では水素がイオン化し、水素イオンと電子に分かれ、空気極では酸素と水素イオンと外部回路を移動してきた電子が反応して水ができます。全体として水素と酸素が反応して水が生成することになります。この電子の流れにより電気エネルギーを得ることができます。
PAFCの基本構造は濃厚リン酸を含んだ電解質板を燃料極と空気極で挟み、さらにセパレーターでサンドイッチにした構造になっています。PAFCの電解質は一般に濃厚リン酸を炭化ケイ素の多孔板マトリックスに含浸させて用いています。電極は炭素製で、燃料や酸素が通りやすいように多孔質の薄板からできており、多孔質板の内側にはナノオーダーの白金微粒子を均一に分散しています。
燃料や酸化剤ガスをセル内に供給するために、電極にガス流路をもうけてあるリブ付き電極と、セパレーターにガス流路を設けてあるリブ付きセパレーターがあります。単セルの出力電圧は約0.7ボルト程度なので、多数の単セルを組み合わせたスタックを作製し発電させます。このスタックの構造には温度を制御する目的で数個の単セルごとに冷却用プレートも組み込まれています。
燃料には天然ガス、メタノール、ナフサなどを改質して得られる水素に富む改質ガスが使用されます。しかし、改質ガス中に一酸化炭素が多い場合には一酸化炭素が白金に対して触媒毒として作用しますので、一酸化炭素変成器を用いて、水素と二酸化炭素に変換し、燃料に用います。被毒の少ない白金-ルテニウム合金触媒を用い、190℃以上で反応させると数%の一酸化炭素を含む改質ガスでも問題ないと言われています。
(2-3)リン酸形燃料電池のシステム
PAFCは比較的初期から開発が行われたことから、最も開発が進んでいる燃料電池で、定置形200キロワット発電プラントが商用化の直前まできています。燃料電池の運転温度は約200℃ですから排熱を給湯や冷暖房などのコージェネレーションにも利用します。
リン酸形燃料電池(PAFC)の作動温度は、溶融炭酸塩形や固体酸化物形に比べ約200℃と低いため、アノード(燃料極)とカソード(空気極)には多孔質のカーボン材の上に白金触媒とPTFE(ふっ素樹脂)粉を結着して構成される触媒層を形成させています。また、電解質には炭化ケイ素(SiC)粒子などの電解質保持材に95~100%リン酸を浸み込ませて使用しています。このため、運転時間とともに白金触媒のシンタリング(粒子の粗大化)やリン酸の飛散により性能劣化が生じます。電池寿命の一つの目安として、オンサイト用では4万時間としていましたが、リン酸形燃料電池では多くの実機プラントにおいて、この目標をクリアしていますが、他の種類の燃料電池では電池の長寿命化が課題となっています。
実用的なPAFCの発電システムの基本構成は下図のようになっています。
<燃料改質器>
前項で説明しましたように、PAFCシステムでは水素を燃料ガスから生成させる改質器が必要です。ここで問題になるのが白金の被毒よる性能劣化(一酸化炭素COによる触媒作用の劣化)ですが、その対応として、下図のような燃料処理によって高純度の水素を電池本体に供給できるようになりました。水蒸気改質法による燃料処理システムを示す。このシステムは脱硫器、改質器、CO変換器から構成されます。
通常天然ガスには微量に硫黄が含まれるので脱硫器によって処理され改質器に入ります。水蒸気改質は触媒介在下で水蒸気を投入して行われます。メタンの場合で示しますと、
CH4+H2O→3H2+CO
の反応になります。この反応は吸熱反応で外部から熱を加える必要があり、熱は電池から戻る余剰水素を改質器バーナーで燃焼させることで供給されます。
この反応でできた一酸化炭素は、次のCO 変成器でシフト反応と呼ばれる反応によって炭酸ガスに変換されます。
CO+H2O→CO2+H2
前述の式と合わせた燃料改質全体の反応は次式となります。
CH4+2H2O→4H2+CO2
(2-4)リン酸形燃料電池の実用例
PAFCは実用化を目指したので、純水素を入れたボンベなどを使うことは不可能です。そのため、元の燃料から水素を取り出す「改質」という水素の製造工程が必要になります。この改質の技術が未利用エネルギー源の利用という素晴らしいシステムを可能にしました。
例えば、サッポロビール干葉工場、キリンビール栃木工場、アサヒビール四国工場では、発生する排水からバイオガスを取り出して燃料にしています。サッポロビール干葉工場では発生した電力と熱を工場内で使い、ビール1000リットルの製造に要する使用電力の約6%、石油燃料の約2%が削減できました。
下水処理場の汚泥から発生する消化ガスを使っているのは、横浜市北部下水処理センターです。川崎製鉄では、ごみの焼却炉から発生するガスを利用しています。セイコーエプソンは豊科事業所で、半導体製品製造工場から出る排メタノールを気化して燃料にしています。中国でも広東省の養豚場が、豚の糞尿から生じるメタン発酵ガスを利用する日本との国際協力事業で運転中です。
さらに、名古屋にある名古屋栄ワシントンホテルプラザの屋上には、リン酸形燃料電池システムが載っています。ホテルの電源の6割強をまかない、シャワーなどの温水は100%まかなっているそうです。支配人の方は「最上階にお泊まりになっても騒音はまったくないので、よく眠れますよ」と言っていました。このほか、スイミングプールや病院、中小の工場、地域熱供給を行うエネルギーセンターなど、温水需要があるところがターゲットとなり、これまでに日本全国で209プラント、約5万kWが導入されています。
横浜市鶴見区にある東京ガスの環境エネルギー館も200kWのPAFCを導入して、夏の冷房以外の電力をすべてまかなっています。排熱も利用して、エネルギー効率は発電で40%、熱で20%、合計60%と説明しています。
以上でリン酸形燃料電池(PAFC)の勉強は終了です。次回は高温形の溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)について調査してみましょう。
<参考・引用資料>
「トコトンやさしい2次電池の本」 細田 條 著(日刊工業新聞社)
「よくわかる最新燃料電池の基本と動向」 PEM-DREAM 著 秀和システム
日本ガス協会ホームページ
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