今回のシリーズは先月で1年(12回)が経過しました。石炭、石油、天然ガス、非在来型化石燃料などのお話をしてきましたが、初回にもお見せした下図の中にもあります重要エネルギー資源のお話を続けてゆく予定です。
今月からはエネルギーとしての賛否はあるものの、現実的には多くの国や人々がその恩恵に浴している“原子力”について勉強してみることにいたします。原子力は将来も化石燃料を補完する重要なエネルギーなのかそれとも不安な・危険なエネルギーなのでなくすべきなのか・・・どのように判断するかはまず原子力について正しい知識を持つ必要があります。本稿ではエネルギー資源としての原子力あるいは原子力発電について、なるべく客観的な視点でのお話をして行きたいと思います。
原子力は原子核が分裂して小さな原子核になる“核分裂反応”を起こす時に放出するエネルギーのことを指します。したがって、原子力を知るには原子や原子核について最低限の知識が必要になります。以下の項目では中学校や高校の物理で学習したことがあるかもしれませんが、思い出しながらもう一度勉強してみましょう。
(5-1) 原子・原子核の構造
地球上のすべての物質は、わずか90種類ほどの原子(元素)からできています。原子は雲でできた球のようなもので、直径は10-10m程度です。原子を拡大してピンポン玉の大きさにしたら、同じ拡大率で拡大したピンポン玉は、地球ほどの大きさになってしまいます。
そして原子は次図のように、マイナスに荷電した電子(雲)とプラスに荷電した原子核からできており、両者の電荷の絶対値が等しいので、原子は電気的に中性ということになります。
なお、原子は多くの種類の膨大なエネルギーを持っていますが、電子の持つ電子エネルギーと原子核が持つ原子核エネルギーに分けて考えられます。種々の化学反応は前者の電子エネルギーによるものの範ちゅうに入りますが、核分裂反応は後者の原子核エネルギーを利用するものとなります。
原子が原子核と電子に分かれたように、原子核はさらに2種類の粒子に分解することができます。陽子pと中性子nです。両者の質量はほぼ同じですが、電荷が異なります。陽子は+1の電荷をもっていますが、中性子は電荷をもっていません。したがって、Z個の電子をもつ原子の原子核は、Z個の陽子をもっていることになります。
(5-2) 原子番号と質量数
原子核を構成する陽子の個数Zを、その原子の原子番号といいます。源子の性質や反応性は電子によって決定されますから、原子番号は原子を識別する重要な番号ということになります。水素Hの原子核は、陽子を1個しかもたないので原子番号1です、ヘリウムは2個の陽子をもつのでZ=2であり、ウランは92個の陽子をもつので、Z=92となります。
一方、原子核がもつ陽子の個数と中性子の個数の和を質量数Aといいます。したがって、質量数Aから原子番号Zを引いた数値は、中性子の個数を表すことになります。ふつうの水素原子核は中性子をもたないので質量数A=1です。一方、ふつうのヘリウム原子核は2個の陽子と2個の中性子からできているので、質量数4です。元素の種類を表す記号を元素記号といいますが、元素記号に原子番号と質量数をつけて表すことがあります。その場合、Zの値を元素記号の左脚、Aの値を左肩につけて表します。
(5-3) 同位体(同位元素)
水素は原子番号が1の元素ですが、この元素に属する1個1個 の粒子を水素原子といいます。したがって、すべての水素原子の 原子番号は1です。しかし、質量数は1とはかぎりません。犬にシェパードやチワワなどの犬種があるように、水素原子にも質量数1のふつうの水素原子だけでなく、質量数2の重水素や3の三重水素があります。
水素の例のように、原子番号が同じで質量数の異なるもの、結局、中性子数の異なるものを互いに同位体であるといいます。すべての元素は何種類かの同位体をもちます。水素には中性子をもたない(軽)水素1Hのほかに、中性子1個をもった重水素2H(Dと書くこともあります)、中性子2個をもった三重水素3H(T)の3種の同位体があります。同位体がどのような割合で混じっているかを表す数値を、同位体存在度といいます。多くの元素ではどれか一種の同位体の存在度が飛び抜けて多くなっています。
同位体は、互いに電子数が等しいので化学的な性質はまったく同じです。したがって、化学反応によって区別することができません。しかし質量数と質量が異なるので、物理的な性質、すなわち運動能力などは異なります。同位体の中には次項に出てきます放射能を持つ放射性同位体があります。
(5-4) 原子核のエネルギー
原子核では、陽子と中性子が結合しています。この結合エネルギーは、原子と原子が結合した化学結合のエネルギー(電子エネルギー)とは比較にならない大きさで、約1億倍にもなります。
■結合エネルギー
原子核を構成する粒子を核子といいます。陽子や中性子は典型的な核子です。原子核では、核子は互いに結合しています。これを(核子)結合エネルギーといいます。核子結合エネルギーは、原子と原子を結合する化学結合のエネルギーに比べて、格段に大きくなっています。原子核反応ではこの核子結合エネルギーが放出されます。そのため、膨大なエネルギーが放出されるのです。
次のグラフは核子結合エネルギーと質量数Aの関係です。原子ではエネルギーをマイナスに測り、安定なものは下にくるようにします。グラフを見ると質量数60程度のところに極小があります。すなわち、このような原子核がもっとも安定であることが示されています。質量数60の原子というのは、鉄Fe(原子番号Z=26)、コバルトCo(Z = 27)、ニッケルNi(Z=28)などに相当します。
■原子核反応とエネルギー
質量数60以上の原子が分裂して、質量数60程度の小さな原子になったとしましょう。原子核は安定化するので、そのぶんのエネルギーを外部に放出します。このような反応が核分裂反応であり、このエネルギーが原子爆弾や原子炉のエネルギーに相当します。
反対に水素(A=1)やヘリウム(A=4)を融合して質量数60程度の大きな原子核にしてもエネルギーは放出されます。このような反応が核融合反応であり、このエネルギーで輝いているのが太陽などの恒星であり、それを爆弾に用いたのが水素爆弾です。人類は核融合を制御してそのエネルギーを平和的に使おうとしていますが、実現にはまだまだ時間がかかりそうです。
核分裂反応 : 質量数の大きな原子が分裂 → 質量数の小さな二つの原子に分かれる
核融合反応 : 質婁数の小さな二つの原子が融合 → 質量数の大きな原子になる
(5-5) 放射能と放射線
原子核の反応には種々の種類があります。もっともよく知られた反応である原子核崩壊では、原子核は放射線を放出して別の原子核に変化します。
■放射能
ある種の原子核は、小さな原子核や電子などを放出して別の原子核に変化します。それぞれ次のように呼ばれます。
(1)上記のような原子核反応を「原子核崩壊」という
(2)放出された電子や小原子核を「放射線」という
(3)放射線を出すことのできる能力を「放射能」という
ですから、原子核崩壊を行うことのできる原子核は、放射能をもつということになります。同じ元素に属する原子核でも、同位体によって放射能をもつものともたないものがあります。
(4)放射能をもつ同位体を「放射性同位体」という
放射能という言葉は、放射性物質が放射線を放出する性質そのものと、放射性物質が単位時間に何個の核が崩壊を起こして放射線を発生させるかという放射能の強さの、2通りの意味で用いられています。したがって「放射能が出ている」という言い方は間違いで、正しくは「放射線が出ている」と言わねばなりません。「原子力は放射能が出るのでこわい」は「原子力は放射線が出るのでこわい」と言うべきなのです。
また、放射能はBq[ベクレル]という単位で表します。1Bqとは1秒間に1個の核が崩壊を起こして放射線を発生させるという放射能の強さのことです。以前は、ラジウム1g当りの放射能を1Ci [キュリー]と呼んでいましたが、最近SI単位系(国際的に統一された単位体系)に移ったためBqが使われています。ちなみに1Ciは3.7×1010Bqです。
■放射線
放射線にはいろいろな種類があります。よく知られているのはα線、β線、γ線でしょう。α線の正体は4Heの原子核です。これが大きな運動エネルギーで高速で飛んでいるのです。β線の正体は電子です。そしてγ線の正体は高エネルギーをもった可視光線より波長の短い電磁波です。放射性同位体は、このような放射線を放出しているから危険なのです。
α線、β線、γ線の順に危険度が増してゆきます。放射線はほかにもあります。もっとも危険なのは中性子線です。これは電荷をもたないので、原子核に衝突しないかぎり、さえぎられることはありません。そのため、体内深く入り込んで命を奪います。
放射線の人体への影響については別項でお話をする予定です。
次回も引き続き原子力エネルギーについて勉強したいと思います。
<参考・引用資料>
「知っておきたいエネルギーの基礎知識」 斉藤勝裕 著 サイエンス・アイ新書
「図解雑学 知っておきたい原子力発電」 竹田敏一 著 ナツメ社
「原子力発電がよくわかる本」 榎本聰明 著 オーム社
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