先月号でもお伝えしましたように、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにする「カーボンニュートラル宣言」の実現には再エネの大幅な導入が不可欠であり、その中心としてグリーン成長戦略で提案されているのが洋上風力発電です。計画では2030年までに総発電量の10%、2040年までに30%を賄いたいとしています。しかしながら、この計画はかなり無理があるのでないかと先月お話をしました。また、既存の火力発電設備をゼロにすることは不可能であるため、発生したCO2を回収・利用・貯留するという計画ですが、これもまた簡単には実現しそうもない計画になりそうです。
いよいよとなれば原発の再稼働の可能性もありますが、他に、奥の手として密かに進行している裏の戦略があるのではないでしょうか。それは、現在欧州で実際に拡大中であり、アジアでは中国が主体となって計画している「国際送電網」への参画かもしれません。
[脱炭素とエネルギー資源-8]超高圧送電(UHV)
電気が熱に変換されて無駄になった電力を電力損失といい、流れる電流が大きくなればなるほどその損失は大きくなります(ジュールの法則:Q(熱量)=I(電流)2xR(抵抗))。したがって、同じ電力を送るなら、電圧を大きくすれば電流を減らすことができて、電力損失を少なくすることができます(P(電力)=V(電圧)xI(電流))。これが高圧送電(超高圧送電)の必要な理由です。
超高圧送電(UHV)とは、通常200kV以上の電圧の電力系統のことをいいます。現在、電力系統の電圧は系統規模の拡大とともに逐次高電圧化し、275kV、500kVなどが採用されています。明治20 年代の電力系統発足当時は210V(直流方式)が採用され、引き続いて3000V(交流方式)へと移行し、系統の拡大とともに明治時代後半には66kVが、大正時代にはさらに154kVが導入されるに至りました。一般に発電所は用地事情や環境面の制約などから遠隔地に建設されます。ここで発生する大電力を需要の中心地まで輸送するには、もっとも信頼度が高く損失が少ない送電方式が必要であり、このため高電圧化、大電流化(電線の太線化、多導体の採用など)が進められてきました。発電機の発生電圧は発電機の絶縁特性などを考慮し、もっとも経済的な10k~30kVが採用されています。発電所から需要地までの電力輸送は超高圧送電線が用いられ、需要家近傍において変電所の変圧器で逐次電圧を低下させ、一般の需要家においては6600Vの配電線で供給されています。一般家庭には配電線の柱上変圧器でさらに電圧を下げ、100(あるいは200)Vで供給しています。海外諸国においても大電力の輸送のため高電圧化が進められ、750kV~1000kVの例もあります。日本においては電力需要の伸びとともにさらに大電力輸送が必要となるので、UHV・1100kVの技術が開発され、UHV送電線がすでに建設されています(2012年時点では550kV運転中)。この日本のUHV送電の技術は国際電気標準規格(IEC規格。IEC=国際電気標準会議が定めた国際規格)に採用されています。
[脱炭素とエネルギー資源-9]高電圧直流(HVDC)
発電所から電気を送る送電線の中を通るのは高圧の交流ですが、それが直流であっても構いません。1880年代、米国で送電の基本システムを決めるとき、「送電は交流で行うか? 直流で行うか?」を巡る「電流戦争」が起きましたが、最終的に交流に軍配があがり、発明王エジソンが支持した直流陣営が敗れる出来事がありました。それ以来「交流送電」がグローバル・スタンダードになっているのです。
電流戦争での交流の勝因は、変圧器で電圧を変えやすく、当時は交流のほうが電力のロスは少ないと考えられたからですが、その後の技術の進歩で高電圧大容量の整流器(電流を一方向にだけ流す(整流)作用)が実用化し、また直流もパワー半導体を利用して容易に電圧を変えられるようになり、さらに電線の改良もあって10万V(100kV)を超える高圧なら直流のほうが電力のロスが小さいことがわかってきました。
直流、交流を切り替える「直流⇒交流」、「交流⇒直流」際にエネルギーは損失してしまいます。直流と交流の切り替えを少なくすること(4段階の電力変換段階[AC/DC,DC/AC,AC/DC,DC/DC]を2段階[AC/DC,DC/AC(DC)]で済むようにする)でエネルギー損失を防ぐことができるのです。それを実現するのが高電圧直流(HVDC)です。つまりは直流⇒直流で直流電力をそのまま供給することができるということです。今もし「電流戦争」が再発したら、直流が逆転勝ちして天国のエジソンが雪辱を果たしても、決しておかしくない状況になっているのです。
なお、交流・直流間の変換には2種類の方式があり、交流系統内の変換器の容量に見合った発電機が不必要なのが「自励式高電圧直流」(前図参照)で、交流系統内の変換器の容量に見合った発電機が必要なのが「他励式高電圧直流」です。自励式は接続する系統になにかしらの制約がないのが主な特徴で、自励式が再生可能エネルギー設備の増加に伴い増加することが予想されます。
いずれの工法も、現在、各国で実用化、あるいは研究中の工法で、それぞれの国、海域や風況などによって、採用する工法が違ってきます。
現在、HVDCの電力インフラでは、発電所からの送電を200~500kVの高圧の直流で行っています。一般にはあまり知られていませんが、パワーエレクトロニクスの領域では、HVDCは「スマートグリッド」「超高圧送電(UHV)」と肩を並べる成長市場となってきています。
[脱炭素とエネルギー資源-10]欧州の国際送電網
<拡大する欧州の送電網>
欧州の国際送電網の歴史は100年以上も前に始まっています。1915年に北欧のデンマークとスウェーデンの間に国際連系線が建設されたのを皮切りに、1920年にはフランス・スイス・イタリアを結ぶ国際連系線が稼働しました。さらに1950~60年代になるとドイツからポルトガルまで、そして1980年代には海底ケーブルを通じてイギリスまで国際送電網が広がってゆきました。
国際送電網の拡大に伴って送電量も増え続け、2015年には欧州全体で約4500億kWh(キロワット時)に達しました(次図)。これは日本国内の電力需要(9490億kWh、2015年度)の5割弱に匹敵する膨大な送電量です。
加えて風力発電を中心に自然エネルギーの電力が欧州全域で増加したことも、国際送電量を拡大させました。早くから風力発電の導入に取り組んできたデンマークでは、天候による発電出力の変動対策として国際送電網を積極的に活用しています。既に他国に向けた電力の輸出率は30%を超え、輸入率は40%近くまで上昇しました。欧州全体で見ても輸出入の比率は10%以上に達しています。
また、次図のように欧州の国際送電網は地域別に4つの大きなネットワーク(欧州大陸系統、北欧系統、イギリス系統、バルト系統)で構成されています。
<欧州送電網の高圧直流(HVDC)>
国際送電網を支える送電技術の進展は目覚ましく、特に重要な役割を果たしているのが、高圧直流(HVDC)方式による長距離送電技術です。
それに加えて海底ケーブルの技術も進んできました。長距離の国際送電線をHVDCで海底に敷設する大規模なプロジェクトが欧州各地域に広がり始めています(次図)。その中で代表的な例を挙げるとすれば、ノルウェーとオランダ間を結んで2008年に開通した「NorNed(ノルネッド)」でしょう。全長が583kmに及び、現在でも世界最長の海底送電ケーブルです。
欧州では技術革新により国際送電網の建設コストが下がるのと同時に、太陽光発電や風力発電を中心に自然エネルギーの電力が各国で増加して、電力を輸出入するメリットが大きくなりました。とりわけ海に面した国々では、HVDC方式による国際連系を通じてさまざまな便益が期待できます。
[脱炭素とエネルギー資源-11]アジアの国際送電網構想
<アジア・スーパーグリッド構想(ASG)>
アジアに国際送電網を展開する構想は21世紀に入って始まりました(次図)。最も早く着手したのは、韓国とロシアの研究機関による「北東アジア電力システム統合プロジェクト」です。2002年に開始した共同プロジェクトの中で、ロシアの極東地域から北朝鮮を経由して韓国まで、国際送電網をつなぐ計画の実現性を検討しました。
さらに日本や中国を加えた国際送電網の構想として、ソフトバンク・孫正義会長が設立者の自然エネルギー財団が「アジア・スーパーグリッド(ASG)」を2011年に提唱しました(次図)。
風力発電と太陽光発電の導入ポテンシャルが大きいモンゴルを電力の供給源として、中国・韓国・ロシア・日本を国際送電網で結ぶものです。
<中国の世界送電網構想(GEI)>
中国は広い国土の必要性から、2000年以降急速に「超高圧送電(UHV)」や「高圧直流(HVDC)」技術を発展させてきました。今や、中国はUHV、HVDCで世界をリードするようになっています。実際に、交流1000kV、直流±800kVの商業運転は中国が世界唯一の国です。
このような中国の技術背景と「一帯一路経済圏構想」に関連して、送電会社「中国国家電網公司」(SGCC)はアジア圏を中心に国際送電網の構築を進めています。同社は2015年、「グローバル・エネルギー・インターコネクション(GEI)」構想を発表しました。同構想に基づき、中・韓・ロ・日の4カ国の電気事業者が国際送電網の構築に向けて、2016年3月に合意文書を締結しました。日本からはアジア・スーパーグリッド構想に関連してソフトバンクグループが参加しています。
GEIでは2050年までに世界全体を高圧の送電網でつなぐことを目標に掲げています。各大陸内の国際送電網を2030年までに、大陸間の送電網を2040年までに構築する計画です。アジアでは日本を含む北東アジアのほか、中央アジア・東南アジア・南アジア・中東の5 地域を対象に、水力・風力・太陽光といった自然エネルギーの電力を大量に供給できる国際送電網を想定しています。
<アジア国際送電網の問題点>
日本でも電力会社の発送電分離が進み各電力会社のエリアを超えた事業の広域化や、自然エネルギーへの参入など電力自由化が進んでいます。こうした流れをアジアや世界規模に広げたものがASGやGEIです。電力の安い国から高い国に販売することで、アジア圏内での小売価格の差を縮小するのが狙いです。計画はまだ構想の段階ですが、仮に格安な中国やロシア産の電力が流入すれば、相当規模の国内シェアを占める可能性があります。
この電力は消費者や各国企業にとっては大きなコスト削減にもなるし、仮に自然エネルギーによる電力であれば「脱炭素社会の実現」という課題の一助にもなるとうたっています。
しかし、確かに欧州などでは、国際送電網が普及していますが、アジアでは事情が異なってきます。少なくとも日本は韓、中、露すべての2国間関係でなんらかの火種を抱えているからです。
米中貿易紛争、日韓関係の悪化、尖閣諸島問題、北方領土問題、そして南シナ海をめぐる周辺諸国の対立を見る限り、中国主導で、それに韓国、ロシアがからむ電力網構想にはどうしても不安が残ります。
電力供給をコントロールされれば、天然ガスや石油のシーレン防衛どころではなく、さらに直接的にエネルギー安全保障を脅かされることになるからです。すでにフィリピンの電力網で同様な指摘がされていて、「中国がいつでも遮断可能」という内部報告書が表面化しています。
表向きはソフトバンクの企業ビジネスかもしれませんが、このような現在の地政学的な状況の中で、「カーボンニュートラル」や「エネルギーコスト低減」のためASGやGEIに頼ることは、周辺諸国との関係を考えながら慎重になるべきではないでしょうか。
「再生可能エネルギー政策」や「脱炭素政策」は、平地の国土が広い国(陸上風力発電、太陽光発電)、遠浅の海岸線が広い国(洋上風力発電)、大規模な原子力発電が可能な国、あるいはそれらの条件を満たした周辺国との関係が良好(国際送電網)な国々が圧倒的に有利です。
日本は欧米諸国とは明らかに異なる自然・地理条件、地政学的環境にもかかわらず、30年後までには世界への脱炭素公約を果たさなければならない状況です。だからといって、日本のエネルギー、電力が他国の支配下になるような危険は絶対避けなければなりません。
[脱炭素とエネルギー資源-12]エネルギー源の未来
100~200年後に枯れる(かもしれない)化石資源のことを、現代人はどれほど気に病むべきなのでしょうか?子孫はうまくやっていくのではないでしょうか。
20世紀の後半以降、科学技術の進歩は速く、わずか50年前は、パソコンやケータイ、スマホはおろかコピー機や電卓も影さえなくて、色々な原稿は手動タイプライターで打つ時代でした。日用品だと、使い捨てライターもクリアファイルもまだ出回っていませんでした。50年後の便利な暮らしを想像できた人は誰もいません。
現在、夢のエネルギー源といわれて盛んに研究が行われている核融合が、50~100年後でもいいから成功すれば、エネルギーの心配はなくなります。トリウム溶融塩を使う原発が実現している可能性もあります。もちろん「降り注ぐ太陽エネルギーの化身」各種再生エネルギーも、利用技術が進歩する結果、100年後なら地球上の全員を養えるかもしれません。さらに、石油・天然ガスも実は化石資源ではなく、地球内核から供給(無機成因説)される「太陽エネルギーの化身」の可能性もあるのです。
しかしながら、現在科学のレベルでははっきり未来の道筋が見えない以上、念のため、枯渇するかもしれない化石資源の利用を減らしておくことは、人類の未来のリスクを減らす意味では仕方のないことかもしれません。ただし、現時点の地球温暖化傾向がすべて温室効果ガス・CO2のせいだとする一つの仮説、それも徐々に科学的根拠を失いつつある仮説を、全世界(の多くの指導者たち)が科学的結論だと「宗教」のように信じてしまい、そのために化石資源を「人類の敵」のように扱い始めたことは、地球にとって重大な「フライング」になるかもしれません。
次号は「環境原理主義」、「地球温暖化と温室効果ガスの検証のまとめ」を予定しています。
<参考・引用資料>
「国際送電網とは何か?」自然エネルギー財団ホームページ
「電力を輸出入する時代へ、世界最大市場の北東アジアに」スマートジャパン
「自然エネルギーへ移行する欧州、多国間で電力の取引量が拡大」スマートジャパン
「中国主導、アジア送電網構想始動・ソフトバンク参画、日本の電力で中国支配の危険」 Business Journal
「超高圧送電」コトバンク(日本大百科全書・ニッポニカ)
「電力の新潮流!高電圧直流(HVDC)とは?」建職バンク
「欧州電気事業の最近の動向」海外電力調査会
「超高圧(UHV)送電で世界をリードする中国」富士通総研 2011年1月14日
「中国、電力網の世界戦略 その深謀、事情 識者に聞く」朝日新聞GLOBE+ 2017年4月12日