前回までの「地球温暖化と温室効果ガスの検証」というテーマの中で、“環境にやさしく、脱炭素の目玉になる次世代自動車”として、EV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)などの開発、量産化が急がれていることをお伝えいたしました。ほんとうに脱炭素になるかどうかの議論は別として、実際に、国家レベルでの動きも活発で、2017年の7月に英国とフランスが「2040年までにガソリン車・ディーゼル車の販売禁止」を表明したのを皮切りに、主要各国が同様の方針を次々に発表しています。直近では、米国のバイデン新政権がパリ協定への復帰と脱炭素へ2兆ドル(210兆円)の投資拡大を表明、その目玉は「EVの普及」と「全米50万か所の充電施設設置」だそうです。
特に中国は「自動車強国の仲間入り」をするためのカギとしているのがEVを中心とした「新エネルギー車」であり、中国政府は、新エネ車に対して税制優遇措置や充電インフラへの大規模な投資など、国家として新エネ車の普及を強烈に後押ししています。日本の菅政権も2050年までにCO2排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル宣言」を行い、国策としての「EV、FCVの普及」とそれに伴うインフラの整備、投資のロードマップを策定中とのことです。そして、このような動きの中で、マスメディアは「日本の自動車業界は岐路を迎えた」という報道を盛んに流しています。
今回のテーマはこのEVやFCVなどの次世代自動車についてその開発・生産動向、必要な技術、基本的な構造、特徴などについて読者の皆様とともに勉強してゆきたいと思います。なお、自動車関連の読者の皆様には「釈迦に説法」になるかもしれませんが、ご容赦いただきたいと存じます。
[次世代自動車とは?-1]基礎素材の高騰と争奪戦
次世代自動車に使う素材の国際相場が、次図のように旺盛な世界需要を受けて高騰しています。
レアアースの一種で、次世代自動車の高性能モーターに使う永久磁石の原料となるネオジムは、コロナ禍前の2020年1月比最大2.4倍にまで上昇し、現在はやや落ち着いてきたものの、2012年来の高値圏を推移しています(参考:国内輸入価格CIF JAPAN)。電池の正極材に使うコバルト(参考:London LME)や炭酸リチウム(参考:先物価格)は同約1.5倍以上高くなっています。これらは、拡大するEV市場で主導権を握ろうとする中国やそれに対抗する欧米のメーカーの動向が強く反映しています。
中国では、政府の消費刺激策を背景にEV販売が好調でネオジム需要が拡大しています。中国汽車工業協会はEVを主力とした「新エネルギー車」の2021年の販売台数を前年比約3割増の180万台と見込んでいます。また、コンゴ民主共和国に偏在するコバルトは中国政府が備蓄に動いたことや中国企業の先行的な投機買いで、今年になってから急騰しました。
一方、米国のバイデン米大統領は2月にレアアースなど重要鉱物の調達を促す大統領令に署名し、欧州諸国は20年に欧州原材料連合(ERMA)を発足し、リチウムなどの供給体制強化に乗り出し、日本では電池メーカーや商社などが「電池サプライチェーン協議会」を設立するなど、世界的なEV資源・素材争奪戦に入ったもようです。
[次世代自動車とは?-2]次世代自動車の種類と概要
前図のように次世代自動車の基礎素材の需要が高まった背景は、次世代自動車の大量生産の時期が近くなったということです。日本国内ではあまりその実感はないかもしれませんが、中国、欧州の自動車メーカーはEVを主力とする次世代自動車の本格的な生産に入ろうとしているのです。
それでは次世代自動車と呼ばれているものにはどのような種類があるのでしょうか?
一般的には、「ハイブリッド(HV、PHV)」「電気自動車(EV)」「燃料電池車(FCV)」「天然ガス自動車(CNG)」の4種類を指します。いずれも環境を考慮し、CO2の排出を抑えた設計になっていて、地球温暖化の防止に役立つメリットを謳っています。燃費性能に優れた車種もあり、経済的なメリットもあります。
ただし、本稿では次世代自動車として、電動モーターを利用する自動車だけを取り上げさせていただき、「天然ガス自動車」については別の機会があればお話をさせていただきます。
以下に次世代自動車の概要、特徴を紹介してゆきます。
<ハイブリッド車(HV)>
「ガソリン・ディーゼルエンジン」と「電気モーター」の2つの動力源を組み合わせて走る自動車を「ハイブリッド車(HV)」と言います。電気モーターを用いることで、低公害化や省エネルギー化を図っています。電気モーターは主に発進時や加速時、登坂時に使われます。それ以外の状況やバッテリー残量が少ないときは、ガソリンエンジンが主な動力源になります。また、減速時に「回生ブレーキ」によって充電した電気を、発進時などに使い、ガソリンの使用量を抑えることができます。
すでに日本を中心に実用車としての実績を積んでいますが、構造が複雑なために日本以外での生産実績は少なく、エンジンが主動力源であるため、国によっては「次世代自動車」のワクには入れていません。
HVには、基本的には下図のように、シリーズタイプとパラレルタイプの2種類があります。シリーズタイプは、エンジンの役目は発電機を動かすことであり、動力源はその発電機で得た電気で動くモーターのみということになり、日産のNOTE e-POWERがこのタイプです。一方、パラレルタイプは、エンジンもモーターも動力源として使い、車の走行状況に応じてエンジンとモーターを使い分ける方式で、プリウス、アクア、フィットハイブリッドなどがこのタイプになります。
<プラグインハイブリッド(PHV)>
PHVとは「Plug-in Hybrid Vehicle」の略称です。外部から電源をつないで充電できるハイブリッド車で、電気自動車とは違ってエンジンも搭載しているため、ガソリンエンジンで自走することもできます。また、HVに比べるとバッテリーの容量も大きいものが多く、電気のみでの航続距離もHVより長くなります。
PHVには、以下のような特徴があります。
・電気のみでも走行できる
・燃費が良い
・自宅でも充電できる(※外部充電設備が必要)
・車をバッテリー代わりに使える、家電が使える
PHVの大きな特徴としては、モーターのみでの走行ができる点です。また、外部からの電源接続によって、搭載しているバッテリーにも充電できる点も特徴です。近所への買い物や、近距離の通勤などではモーターのみで走行が可能なため、燃料代が安くて済みます。
PHVの代表車種は、トヨタのプリウスPHVや三菱自動車のアウトランダーPHEVなどがあります。ただし、PHVと呼ぶのはトヨタのみで、三菱自動車や日産、ホンダはPHEVと呼んでいます。
<電気自動車(EV)>
動力が電気のみで、ガソリンを必要としない自動車を「電気自動車(EV)」と言います。二酸化炭素を排出しないので環境にも優しく、走行音も抑えられます。
プラグインハイブリッド車と同様に充電が必要なので、バッテリーがなくなると走行できなくなります。代表的な車種には、リーフ、i-MiEV、テスラなどがあります。
EVの長所は以下のようになります。
- 環境にやさしい
EVがなぜ環境に優しいのか、それは排気ガスによる大気汚染がないからです。ガソリンやディーゼルは、エンジンを動かす際に汚染物質を含んだ排気ガスを出します。
イギリスやフランスは、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針です。その他にも、大気汚染が深刻な中国、環境先進国ノルウェーなど多くの国が、EVの導入を積極的に行っています。 - ランニングコストが良い
EVのメリットとして、ランニングコストの良さもあげられます。以下で値段を比較します。どちらも100km走行した場合にかかるガソリン代または電気代です。
ガソリン車…ガソリン145円/L・燃費16/Lと仮定:100km÷16/L×145円/L=906円
EV…電気料金(昼)30円/kWh・1kWhあたり6km走行と仮定:100km÷6km/kWh×30円/kWh=500円
上記の結果、EVのランニングコストは確かに良いとわかります。
また、深夜電力の利用や電気の契約プランの見直しで更なるコストダウンが図れるでしょう。 - 加速がスムーズ
EVは回転のし始めから高出力による最大トルクを発生させることが可能だから加速がスムーズです。
ガソリン車の場合はギアを使って徐々に加速させていくため、発進時から最大トルクを出すことはできません。 - 音が静か
走行時の音が静かで振動が少ない点も、EVのメリットです。ガソリン車の場合はエンジンでガソリンを燃焼させているので、どうしても音や振動が発生してしまいます。EVの場合、燃料はバッテリーに蓄えた電気です。そのため、EVの方が音も静かで振動が少なくなるのです。 - 自宅で充電ができる
EV用の200V配線・コンセント工事をすれば自宅で充電ができて、スタンドまで行かないですみます。
一方、EVの短所は以下のとおりです。
- 多くの充電スタンドが必要
EVの普及に伴い、充電スタンドの数もずいぶん増えてきましたが、EVの人気の高まりを考えると、現状の数では圧倒的な不足になり、EVの普及には最大の課題です。 - 充電に時間がかかる
家庭用の充電設備で0からフル充電をすると、およそ8時間はかかります。急速充電が可能な場合でも、30分から40分はみておかなくてはならない上に、80%しか充電できません。ガソリンなら満タンまで約5分です。EVのさらなる普及促進のためにも、充電時間の大幅な短縮が望まれます。 - 価格が高い
現在国内メーカーが発売しているEVの価格は、平均で300~400万ほど。ガソリン車なら100万前後から購入できるので、まだまだ電気自動車の価格は高いと言えます。電気自動車を購入する場合は、減税や補助金を使ようにしましょう。ただし、中国では60万円のEVが販売されようとしています。いずれ日本にも進出する計画だそうですから、その時は軽自動車の市場が狙われるでしょう。 - 航続距離に不安
最近では少しずつ欠点が解消されつつあるものの、EVの航続距離の不安はまだ残っています。テスラのように大型のEVでも、1回あたりの充電で500km前後。300~400万円クラスで最も航続距離が長い新型リーフでも、理論値でフル充電1回あたりの航続距離は400kmです。実際はエアコンの使用状況や速度などの影響でかなり変わってくるので、各メーカー発表の航続距離の6割くらいでみておいた方が良いでしょう。そう考えると、EVによる長距離移動は少し不安です。
<燃料電池車(FCV)>
FCVは、燃料電池で水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーを使って、モーターを回して走る自動車です。燃料となる水素の補給方法としては、ガソリン車がガソリンを補給するように、水素ステーションと呼ばれる水素の補給源から、直接水素を充填する「直接水素形」と、水素以外の燃料を補給して、車の中で水素を製造する「車上改質形」の2つの種類が存在します。
FCVの長所は以下のようなものになります。
- 有害な排出ガスがゼロ、または少ない
走行時に発生するのは水蒸気のみです。二酸化炭素(CO2)や大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、浮遊粒子状物質(PM)はまったく排出されません。 また、ベンゼンやアルデヒドなどの有害大気汚染物質の排出もありません。 - エネルギー効率が高い
現時点で、ガソリン内燃機関自動車のエネルギー効率(15~20%)と比較して、2倍程度(30%以上)と非常に高いエネルギー効率を実現しています。 燃料電池自動車は、低出力域でも高効率を維持できるのが特長です。 - 多様な燃料・エネルギーが利用可能
天然ガスやエタノールなど、石油以外の多様な燃料が利用可能なため、将来の石油枯渇問題にも十分に対応できます。 また、太陽光やバイオマスなど、クリーンで再生可能なエネルギーを利用して水素を製造することにより、環境への負荷を軽減します。 - 騒音が少ない
燃料電池は電気化学反応によって発電するため、内燃機関自動車と比べて騒音が低減できます。 車内の快適さはもちろん、都市全体の騒音対策にも効果が期待されます。 - 充電が不要
長時間の充電が必要な電気自動車と違い、ガソリン内燃機関自動車と同様に短時間の燃料充填が可能です。 また、1回の充填による走行距離も電気自動車よりも長く、将来はガソリン内燃機関自動車と同程度になると考えられています。
以下は短所と考えられるものです。
- 水素ステーションが少ない
ガソリンスタンドの代わりとなる水素ステーションの数が、まだ社会全体であまり多くないことが挙げられます。水素ステーションの数は、電気自動車の充電設備と比較してもさらに少なく、県によってはまだ一つも存在しないことさえあります。普段車を保管する場所の近くに水素ステーションがない場合は、このデメリットは致命的なものともなりえます。この点は燃料電池車の普及を妨げている主な要因でもあると考えられます。 - 価格が非常に高い
燃料電池の製造には、レアメタルが使われており、この材料にかかるコストゆえに製造コストも高くなり、現状、どうしても高価格になりがちなのです。FCVを購入する際には、国からの補助金などを活用することもできますが、こうした補助金をたとえ活用したとしても、やはり一般的なガソリン車よりはるかに高額となることを覚悟すべきでしょう。
以上で「次世代自動車の検証(1)」は終わります。次回は、大きく変わろうとしている世界のEV事情とEVの技術革新などの話にしたいと思います。
<参考・引用資料>
「図解EV革命」村沢義久 著 毎日新聞出版版
「最強自動車メーカーはどっちだ?テスラVS.トヨタ」週刊東洋経済2020年10/10号
「日本どうなる? EV旋風で中国が日本を凌駕する日は来る? 変わりゆく自動車産業の今後」
くるまのニュース https://kuruma-news.jp/post/378487/2
「PHVの意味とは?メリット・デメリット、EVやHVなど各車との違いも確認」グーネットマガジン
https://www.goo-net.com/magazine/111256.html
「燃料電池車(FCV)と電気自動車(EV)の比較、それぞれ違いとは」グーネットマガジン
https://www.goo-net.com/magazine/7197.html
「次世代自動車の基礎知識」一般社団法人次世代自動車振興センター
「クリーンエネルギー自動車AtoZ」一般社団法人次世代自動車振興センター
http://www.cev-pc.or.jp/lp_clean/about/
「燃料電池自動車(FCV)の仕組み」JHFC(水素・燃料電池プロジェクト)
http://www.jari.or.jp/portals/0/jhfc/beginner/about_fcv/index.html
「EVの仕組み」EVDAYS 東京電力エナジーパートナー