前回までは次世代自動車(電動車)(HV、PHEV、EV、FCVなど)の仕組み、特徴、国内で生産または販売された主な車種とその諸元概要などについてご報告しました。
今月は世界各国のこれからの自動車電動化政策とその比較をしたいと思います。また、世界の中でいち早くEV推進を始めた欧州の現在の状況についても調べてみました。
(注)なお、ハイブリッド車はHVおよびHEV、プラグインハイブリッド車もPHVおよびPHEV、純粋電気自動車にはEVおよびBEVの2種の呼称がありますが、本稿では国内の刊行物、ウェブ情報などの採用頻度からHV、PHEV、EVとさせていただきます。
8月5日、米国のバイデン政権が2030年に新車販売の半分を「ゼロエミッション車」とする目標を発表し、主要国・地域の自動車の電動化目標が出そろいました。それぞれの自動車産業の事情を反映し、規制をクリアする車種は異なりますが、自動車メーカーは、地域ごとの規制をにらんだ対応を迫られることになりそうです。
<欧州連合(EU)>
7月14日、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が、自動車業界を揺るがす規制を発表しました。2035年に発売できる新車(大型車を除く乗用車および小型商用車)は、排出ガスゼロ車のみとする規制を提案したのです。
対象となるのは電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)のみになり、ガソリン車やディーゼル車だけではなく、実質的にエンジンを搭載したハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売も禁じることになります。自動車メーカーにとって最も厳しいシナリオになったといえそうです。
同時に、2030年の二酸化炭素(CO2)排出規制も見直しました。従来は走行1km当たりのCO2排出量を2021年比で37.5%削減する案でしたが、これを55%削減に引き上げました。走行1km当たりのCO2排出量はメーカー平均で50g以下が求められるため、2030年時点でも50gを超えるHVの販売が難しくなります。
これらの規制強化は2050年にEUの温暖化ガス排出量をゼロにするという目標に沿ったもので、2030年までには1990年比で55%削減します。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は同日の記者会見で、「交通部門のCO2排出量は減るどころか、増えている。これを逆転させなければならない」と述べ、自動車産業に厳しい姿勢をみせました。今後、欧州委員会の提案は、加盟国や欧州議会の承認を受けなければならず、最終決定はまだ先になりますが、厳しいCO2規制が導入されればEVシフトが加速しそうです。
このような規制強化を予測して、欧州メーカーは、既にエンジン禁止を見越していました。独フォルクスワーゲン(VW)は30年に欧州で販売する新車のうち7割をEVとする目標を掲げています。7月13日にEV関連の記者会見を開いたVWのヘルベルト・ディース社長は、エンジン車からEVに収益の柱を移していくことを強調しました。仏ルノーは30年までに欧州の新車販売のうち9割をEVにする計画を打ち出しています。英ジャガーは25年、独アウディは26年、スウェーデンのボルボ・カーは30年までにEV専業になることを宣言しています。
(国内自動車メーカーの欧州市場への対応)
トヨタ自動車は今年5月、2030年の欧州新車販売に占めるEVとFCVの比率を4割とする目標を打ち出しています。残りの6割はHVやPHEVになるとみられ、欧州委員会の規制案が承認された場合は、これらを2035年までの5年間ですべて排出ガスゼロ車に切り替えなければなりません。トヨタの関係者は「目標設定の練り直しが必要だ」と語っています。欧州の規制が、日本の自動車業界に重い課題を突きつけていることは間違いありません。
国内自動車メーカーは1990年代から2010年代にかけて、数種のEVを販売してきましたが、当時の各社社長は「グローバルで見てEVはZEVありき」「補助金頼みでEV本格普及は来ない」という発言を繰り返してきました。しかし、欧州から始まった「脱炭素」の世界の急激な潮流を読み切れていなかったことと、HV技術を筆頭とした国内メーカーの自動車技術への過信が重い足かせになり始めています。
<米国(連邦政府)>
アメリカのバイデン大統領は2021年8月5日、「2030年までにアメリカ国内販売の新車40%から50%を電動化」とする大統領令に署名しました。
これと並行するかたちで、ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、そしてFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)とPSA(グループプジョー)が2021年1月に融合して誕生したステランティスそれぞれが声明を発表し、大統領令に沿って電動化の推進を加速させることを明らかにしています。
このうちGMの声明文では、電動車の内訳としてバッテリーエレクトリック(EV)、燃料電池車(FCV)、さらにプラグインハイブリッド車(PHEV)を含めるとの記載があり、ハイブリッド車(HV)は除外されました。ハイブリッド車はトヨタを始めとする日本車メーカーにとっての技術の屋台骨ですし、日本車メーカーにとってのアメリカ市場は中国と並ぶ得意先でもあるので、今後の事業計画に頭を悩ますことになりそうです。
また、電動化率40%から50%としている点については、アメリカ市場ではSUVやピックアップトラックなどライトトラックと呼ばれる中大型車が市場の約70%を占めていて、乗用車と比べて電池容量が大きくなるなど電動化に対するコストの軽減をおこなうことへの配慮と、従来型のSUVを好む消費者の理解を得るために、EVシフトにはある程度の時間が必要とのメーカー側の判断があったのではないでしょうか。
<米国(カリフォルニア州)>
アメリカの電動化政策について振り返ってみると、カリフォルニア州が1990年に制定した「ZEV法(ゼロエミッションヴィークル規制法)」が基盤となっています。これを各州が独自に採用するという変則的な形が続いてきました。
こうした状況が2020年に入って大きく変化します。カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は2020年9月、「2035年までに州内で発売する新車でICE(インターナルコンバッションエンジン:内燃機関)を廃止する」と発表しています。(明言は避けましたが、ICEにはHVおよびPHEVも含まれる可能性が高いようです)。また、中大型バス・トラックについてもEVシフトを強力に進める姿勢を示しています。
このようなカリフォルニア州の動きに対して、バイデン政権ではこれまで目立った発言はありませんでしたが、欧州の積極的な動きにも押され、カリフォルニア州規制ほど厳しい内容ではありませんが、急遽8月5日に前述のような連邦政府の発表となりました。
<中国>
世界最大の自動車市場である中国は昨年11月に発表した「新エネルギー車産業発展計画」で、2035年にEVを新車販売の「主流」にするとの政策目標を掲げました。中国政府の指導を受けて自動車専門家団体がまとめた技術ロードマップでは、新車販売の50%以上を「新エネルギー車・NEV」(EV、PHEV、FCV)とし、残りは全てHVにすると説明しています。
ガソリン車を前提とした現在のサプライチェーンの転換には時間がかかるため、EV普及と同時にガソリン車のHV化を進める「合わせ技」が合理的だと判断したとみられます。
現状、NEVの比率は約5%ですが、2025年に20%前後、2030年に40%と段階的に引き上げるとともに、非NEV車に占めるHVの比率を2025年に50%超、2030年に75%超、2035年に100%に増やします。燃料電池車(FCV)の保有台数も約100万台に拡大させ、二酸化炭素(CO2)の排出量削減につなげる計画です。
(国内自動車メーカーの中国市場への対応)
HVの市場拡大につながる中国のロードマップが政策に反映されれば、日系自動車メーカーにとっては追い風になります。2019年の中国HV販売はトヨタ自動車が前年比18.8%増の23万7千台、ホンダが同165.4%増の12万400台でした。
市場は低迷期でしたが、それぞれHVをけん引役に中国の販売台数を伸ばしました。今後の市場拡大を見据え、トヨタはHVシステムの外販も進めるほか、HVでは遅れていた日産自動車も独自のシリーズ型HV「eパワー」を2023年度までに中国に投入し、EVを含めた電動化比率を23%に高める計画です。
ホンダはEVなども含めて2025年までに20車種以上の電動車を投入します。各社は電動車投入を積極化し、拡大する需要を取り込む計画です。
しかしながら、中国の実質HV市場拡大が日本勢には優位に働く一方、テスラや2024年までの5年間でEVなどに約1兆8千億円を投資する方針を打ち出したフォルクスワーゲンと比べると、日系自動車メーカーのEV対応は遅れ気味で、HV後の大きな課題になりそうです。
<日本>
日本は本年1月、2035年までに新車販売(乗用車)の全てを電動車にする方針を打ち出しました。中国と同様、2035年以降もHVの販売を認める点に特徴があります。
国内で20年に販売された新車(乗用車)のうち、HVは約35%に上り、電動車の中心的存在です。EVの眼売は0.4%にとどまっています。
技術面でもHVは、トヨタ自動車を始めとする国内メーカーが海外勢に比べ強みを持ちます。HVがいつまで生き残れるかは、国内産業の浮沈を左右するといっても過言ではありません。
日本国内の状況を考えれば、2035年までに乗用車の新車販売をすべて電動化するとしても、「脱炭素」を実行しながらの発電量増加への対応、再生可能エネルギーの欧米並みの導入、充電インフラ網の整備、等々重大な課題をクリアしない限り、EVが主力になることはないでしょう。したがって、2035年にはガソリン乗用車はなくなっても、まずはHVやPHEVがその座を受け継ぐことになりそうです。
さらに、前述しましたように、中国はEVだけではなくHV、PHEV市場も大きく拡大しそうであり、中国の方針転換がない限りまだまだHV、PHEVの出番はありそうです。また、カリフォルニア州を除く米国ではPHEVが電動車として認められることになるため、ここでも日本メーカーの強みは残りそうです。
確かに欧州市場への対応をどうするかは日本メーカーにとって大変厳しい状況になりそうですが、反面、日米中の規制内容を考えれば、マスメディアが騒いでいるような「国内自動車産業の崩壊」がすぐ来るような危機的状況ではなさそうです。
2021年上半期のEV+PHEVの新車販売は合計265万台になり、2020年と比較して+168%増加しました。ただし、この急成長は2020年上半期の低いベースと比較して見る必要があります。パンデミックの第1波の間、EVの世界販売は2020年上半期に自動車市場が-28%減少したため、2019年上半期の販売台数を-14%下回ったままでした。市場は2020年下半期に回復し、EV+PHEVの数量とシェアが急速に増加しました。前項でお話をしましたように、特に欧州はその傾向が顕著です。
2021年には、すべての地域とほとんどの国でEV+PHEVの販売が大幅に増加し、成長率は小型車市場全体の3~8倍になります。世界の小型車販売におけるEV+PHEVのシェアは、2020年上半期の3%から今年上半期は6.3%に増加しました。欧州(EU+EFTA+UK)は、最初の6か月間で14%のEV+PHEVシェアでリードしていて、1年前の7%から急増しています。ただし、注意すべき点は、欧州以外の80%が純粋な電気自動車(EV)であるのに対し、欧州の電動車販売の半分はPHEVであるということです。
テスラは上半期に386,000台(すべてEV)を納入し、世界のEV販売をリードしています。フォルクスワーゲングループは332,000台で、172,700台のEVと159,400台のPHEVが続きます。GMは、中国でのSGMW合弁事業で180,000台以上のMini-EVを含め、221,000台のEV、6,000台のPHEVで3位になりました。GMはスポーツカーを除くすべての製品セグメントで力強い成長を遂げました。製品セグメントミックスでは、セダンやコンパクトカーから軸足をSUVへ向けてきている傾向もあります。
最も注目すべき変化は、中国でのミニEVのリバウンドであり、現在は26,000~60,000RMB(約45~100万円)という非常に手頃な価格になっています。代表的なモデルは、SAIC-GM-Wuling Automobile(SGMW・上汽通用五菱汽車)Wuling Hongguang(宏光)MiniEV、Great Wall(長城汽車)ORA R1、Chery(奇瑞)eQ、SAIC(上海汽車)Roewe Clever、Baojun(宝駿)、LETIN(雷丁汽車)雷丁芒果などがあります。それらの約30万台が上半期に販売され、中国でのすべてのNEV(EV、PHEV、FCV)販売の4分の1でした。中国で電動車が販売され始めた初期の頃は、多くの危険な低速車両が無数の小さな工場で製造されましたが、それらの多くは、当局によって規制、製造禁止され、淘汰されてきています。したがって、これらのモデルは初期の頃の電動車と比べて時間をかけて改善・改良されてきているようです。
以上の各国、各メーカーの2021年通期の電動車販売合計は、EV+PHEVの販売台数は640万台になり、2020年に比べて98%増加し、EVは400万台、PHEVは240万台に達すると見込んでいます。
ただし、2020年下半期の回復期間中の高い成長率と比較して、2021年下半期の成長率は幾分低下しますが、2021年末には、HVを除く世界の小型電動車は2/3がEV、1/3がPHEVで、トータル1600万台以上が走行していると推定されます。
ガソリン車、ディーゼル車を含む世界のすべての小型車市場は、2020年上半期の-28%の低迷から部分的に回復し、合計で+28%増加しました(2019年上半期と比較してまだ8%低い)。ただし、回復は不均一です。パンデミックの最中に最も大きな打撃を受けた欧州の自動車販売(2020年上半期に前年比-40%)は、今年は+29%に回復しましたが、それでも2015-2019年の平均を20%下回っています。
その中でも電動車(EV+PHEV)の売上高は危機の間も持ちこたえ、2020年上半期には-14%しか減少せず、今年の成長率はベース自動車市場の3~8倍にもなります。
比較する期間の成長が低かったために、2021年の最初の6か月間の成長率は異常であり、ヨーロッパで157%、中国で197%、米国で166%、残りの市場で95%に達しました。日本を除いて、すべての主要市場は、今年の上半期に電動車(EV+PHEV)の販売とシェアで新記録を発表しました。
次図は2012年から2021年末(予測値)までの全世界の小型電動車(EV+PHEV)の販売台数の推移を示したグラフです。これによると2021年末には640万台に達すると予測されています。直近の2021年の全小型車の販売予測値が8,210万台とされていますから、通年のEV+PHEVの新車販売シェアは約8%となります。次項でもお話をしますが、欧州だけのEV+PHEVの新車販売シェアは16%以上になりそうです。
さらに7月の欧州排出ガス規制(2035年には排出ガスはゼロ、PHEV販売も禁止)により、今後、EVの比率がさらに高くなってゆくものと思われます。
ここで、世界で最も電動化が進んでいる欧州各国の直近の状況をもう少し詳しくみてみましょう。
7月、欧州委員会が2035年までにエンジン車新車販売を禁止する方針を表明しましたが、欧州の主要国はすでに2025年~2040年の間にエンジン車の新車販売禁止に向けて動いていました。
以下に2021年6月の新車販売数に関する情報をまとめてみました。ただし、現在、欧州で販売されているHV(マイルドHVを含む)はカウントされていません。
前表を見ると、欧州全体の6月期車両売り上げで、プラグイン車両のシェアは19%、通年では16%となりました。このうち10%が純電気自動車(通年7.6%)です。現在はEVとPHEVの人気が拮抗しています。また、北欧圏の電動化比率が高く、特にノルウェーの電動化およびEVシフトが際立って高いことがわかります。
次図は2020年2月~2021年6月までの欧州のEV+PHEVの新車販売の全自動車販売に対する比率推移ですが、約1年半の間にかなりの比率でEV、PHEVが増加していることがわかります。2021年初頭から欧州委員会は2030年までにICE(インターナルコンバッションエンジン:内燃機関)車を実質禁止することをアナウンスしましたので、これに伴ってEV単独へのシフトが加速しそうです。
今月は、直近の各国の電動化推進規制について、また実際の各種電動車の販売状況についてご報告いたしました。規制強化が発表され、欧州を中心とした電動車の動きは、EV、PHEVに急速にシフトしつつありますが、これからは特にEVのシェアが上がってゆくことは間違いないようです。
来月は、世界各国・地域でどのようなEV、PHEVが人気となっているか、また、その性能はどのようなレベルなのか等を中心にお話をさせていただく予定です。
<参考・引用資料>
「Global EV Sales for 2021 H1」EV VOLUMES/COM (THE ELECTRIC VEHICLE WORLD SALES DATABASE)
「World Plugin Vehicle Sales(January-June 2021)」Clean Technica
https://forococheselectricos.com/2021/08/tesla-domina-ventas-de-coches-
cocheselectricos. html/world-plugin-vehicle-sales-top-brands-january-june-2021
「世界の自動車メーカー電気自動車シフト情報」EVsmartBlog 2021.02.19
https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/global-automaker-electrification-plans/
「ヨーロッパで電気自動車の売上とシェアが拡大中」EVsmartBlog 2021.07.27
https://blog.evsmart.net/ev-news/electric-vehicle-sales-in-europe/
「電気自動車の今後の動向・将来予測|EV車は日本国内で普及しない?」Nikken-Tsunagu 2021.04.22
https://www.nikken-totalsourcing.jp/business/tsunagu/column/229/
「LMC Automotive 2021年7月自動車市場月報(グローバル)」MARKLINES市場・技術レポート
https://www.marklines.com/ja/report/global_report_202107
「中国で一番売れている小型電気自動車…約48万円の「宏光MINI EV」を見てみよう」BUSINESS INSIDER
https://www.businessinsider.jp/post-234263
「破格40万円台も登場!中国で急成長「ミニEV市場」」週刊エコノミストOnline 2021.08.06
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20210720/biz/00m/070/007000d
「米-新車50%電動化 30年目標 規制強化」読売新聞2021.08.06 2面
「環境車-各国で違い 米はPHV 日本はHV容認」読売新聞2021.08.06 9面
「図解EV革命」村沢義久 著 毎日新聞出版
「最強自動車メーカーはどっちだ?テスラVS.トヨタ」週刊東洋経済2020年10/10号
「自動車メーカー各社・ホームページおよびカタログ」