近代の電池の歴史の中で画期的な出来事は、1990年、ソニーによるリチウムイオン電池の量産化成功でした。その後、リチウムイオン電池の用途はノートPC、スマートフォン、各種家電と広がってゆきましたが、ついにHV、PHEV、EVなどの自動車の動力用としても大量に使われ始めています。
しかし、車載電池は、それまでのノートPCやスマートフォンなどとは桁違いの出力、高い安全性が求められているため、今日、電池の世界でもっとも高い技術分野となり、世界の有力企業が開発にしのぎを削っています。
本章では、製造業の頂点とも言える自動車産業の将来を左右する車載電池、特にEV用電池の開発状況、技術課題、今後の展望などを色々な角度から検証しながら勉強してゆきたいと思います。
(注)本稿では引き続き、国内の刊行物、ウェブ情報などの採用頻度からハイブリッド車はHV、プラグインハイブリッド車はPHEV(トヨタはPHV)、純電気自動車はEVと記述いたします。
また、自動車の構成部品としての二次電池全体を「バッテリー」と呼び、種類別の二次電池の説明は「・・・電池」と記述させていただきます。
EVには、役割が異なる2種類のバッテリーが搭載されています。ひとつは、走るためのエネルギーを供給する「駆動用バッテリー」です。最近発売されるEVのほとんどで、駆動用バッテリーには大容量のリチウムイオン電池が使われています。最高出力や一充電航続距離など、EVの自動車としての性能の多くは、この駆動用バッテリーの性能や容量によって決まると言ってもいいくらい重要な役割を果たしています。もうひとつが、エンジン車と同様に12Vの直流電気を供給し、ライトを点灯したり、オーディオ機器やパワーウィンドウを動かしたりといった操作の動力源となる「補機用バッテリー」です。エンジン車とちがい、EVには大容量の駆動用バッテリーがあるのに、どうして補機用バッテリーが必要なのでしょうか。
大きな理由は「安全」のためといえます。EVに搭載されている駆動用バッテリーはおおむね数百ボルトの高電圧仕様です。そのため、メインスイッチ(EVの駆動システム)をオフにしているときは、駆動用バッテリーから電気が流れ出さないように、補機用バッテリーとは切り離して安全性を高めているのです。
また、車の電装品はもともと12Vという小さな電気で動くように作られており、消費電力の変化が激しい電装品に、わざわざ駆動用バッテリーから電圧を下げた電気を送るのは効率が悪いという理由もあります。
バッテリーにさまざまな種類があることはご存じでしょう。EVやPHEVの駆動用バッテリーに使われているのは、ほとんどが「リチウムイオン電池」です。また、外部から充電ができないHVにはこれまで「ニッケル水素電池」が使われていました(現在はHVもリチウムイオン電池になりつつあります)。そして、12Vの補機用バッテリーには、エンジン車と同様、EVでも「鉛蓄電池」が使われているのが一般的です。
なぜ、いろんな電池が使い分けられているのでしょうか。おもな理由は「エネルギー密度」と「価格」にあります。
エネルギー密度とは、一定の重さの電池の中に、どれくらいの電力を蓄えることができるかを示す性能です。「鉛蓄電池<ニッケル水素電池<リチウムイオン電池」の順にエネルギー密度は高くなります。
一方、エネルギー密度が高い電池は、それだけ高価になる傾向があります。つまり、エネルギー密度に比例して「鉛蓄電池<ニッケル水素電池<リチウムイオン電池」の順に価格が高くなっていくのです。
リチウムイオン電池が現在のように使いやすくなる前は、自動車メーカーが試作したり、試験的に販売するEVにも駆動用バッテリーとしてニッケル水素電池や鉛蓄電池が搭載されたりすることがありました。しかし、リチウムイオン電池が進化して性能が向上し、価格も抑えられるようになってきたことから、最近市販されるEVにはリチウムイオン電池を搭載するのが主流になっています。
EVが搭載している駆動用バッテリーの容量(総電力量)は、一般的に「kWh(キロワットアワー)」という単位で示されます。急速充電器やモーターの出力を示す単位「kW(キロワット)」と、表記が似ていて混同しやすいので注意しましょう。「kW」と「kWh」は、次のような数式で求めることができます。
(出力と総電力量の関係式)
出力=kW=電圧(V)×電流(A)
容量(総電力量)=kWh=出力(kW)×時間(h)
ほかにもバッテリー容量を示す単位としては、EVのカタログなどに「Ah(アンペアアワー)」という単位で示されていることがあります。電池の電圧は決まっているので、仮に「100Ah」の容量をもった電池からは「100Aの電力を1時間取り出し続けることができる」ことになります。
「kWh」で示す総電力量も、一般的には「Ah」と同じ「バッテリー容量」と呼ばれることが多いので戸惑うことがあるかもしれません。とはいえ、電費を示す際には「6km/kWh」や「150Wh/km」など、「kWh」基準が使われることが多いので、「容量=kWh」と理解しておくといいでしょう。
EVの駆動用バッテリーは、エンジン車におけるガソリンタンクのようなものとよく言われます。たとえば、40kWhの日産リーフより、62kWhのバッテリーを搭載した「リーフ e+」のほうが、一回の充電でより長距離を走ることができます。
また、バッテリーには「どのくらいの電力を一気に出し入れできるか」という性能があり、「最大放電電流」、「最大充電電流」などがあります。この性能が優れているとより高出力でモーターを回したり、より高出力での急速充電に対応することができることになります。つまり、EVのバッテリーは「エンジン車におけるガソリンタンク」というだけでなく、まさにエンジン(動力源)そのものと評することさえできる、重要なパーツであることがわかります。
物質の根源である原子は、元素により異なりますが中心に原子核があり、その周りを電子が回っています。この電子は熱や光などの力が加わると原子から飛び出したり、他の原子に取り込まれたりします。このように自由に飛び回る電子を自由電子といい、この自由電子が一定の方向に連続して流れる状態が電流です。電子はマイナス(-)の電荷をもち、原子は電気的に中立ですから、電子が抜けた原子はプラス(+)の電荷をもつことになります。この電子の抜けたプラス電荷の状態の原子のことをイオン(陽イオン)といいます。たとえばリチウムならばリチウムイオンで、Li+と表したりします。
電子を流す、すなわち電流とするには電圧が必要です。電圧は「位置のエネルギー」と同様、電位の差そのものです。電子の出発点と到着点の電位の差が電圧になります。電位は電極の材料により固有の値をもっており、水素の電位をゼロとしてリチウム-3.045、マグネシウム-2.356、亜鉛-0.763、鉛-0.126、銅+0.340、金+1.498・・・などとなっています。金属が水溶液中で電子を放出して陽イオンになろうとする性質を金属のイオン化傾向といい、リチウムのようなマイナスの数値が高いほど「イオン化傾向が大きい」といいます。
電池の基本構成は負極(陰極)と正極(陽極)、そしてそれらに電解液が介在しています。イオン化傾向の大きい負極の物質が自由電子を放出して自らイオンになり、自由電子は電池の外部回路を通じて正極に向かいます。これが逆向きの電流になり仕事をします。イオンは電解液と化学反応し、他の分子などに変化します。
この反応が一方通行で行われているのが使い切りの一次電池で、逆に電流を流すことで反応が戻るのが二次電池です。なぜ充電できる電池を二次電池と呼ぶかというと、電池が開発された当時は発電機がなく、電池は別の電池から充電されていました。そこで充電する側の電池を一次電池、充電される側の電池を二次電池といったことから、充電できない電池を一次電池、充電できる電池を二次電池というようになったとのことです。
なお、以降の章では、現在のEV駆動用バッテリーの主力であるリチウムイオン電池を中心にお話をさせていただきます。
現在、量産されている電気自動車は、すべてリチウムイオン電池を駆動用電池として搭載しているといえます。また、携帯電話やゲーム機などのモバイル用バッテリーとしても広く普及しています。リチウムは-3.045と元素の中で最も電位が低くまたイオン化傾向も最大です。リチウムイオン電池は3.7Vと最も大きな電圧が得られ、エネルギー密度も最も高く、放電特性の面でも電圧低下が少ないのが特徴です。しかし、電解液が可燃性であり、安全への配慮やセル問のばらつき補正などで精密な制御を必要とします。なお、電解質にシェル状の材料を使ったリチウムポリマー(LiPo)電池や正極材にリン酸鉄リチウムを使うリン酸鉄リチウムイオン(LiFe)電池もあります。
リチウムイオン電池の基本構成は負極にカーボン系材料(グラファイト=黒鉛など)、正極にリチウム化合物(コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウムなど)、電解液に有機電解液(非水溶性)、電極問を絶縁するセパレーターにはリチウムイオンが通過可能な膜などを採用しています。
リチウムイオン電池の最大の特徴は、充放電の反応でリチウムイオンが負極と正極の間を行ったり来たりするだけで、電解液とは一切化学反応を起こさないことです。電極もリチウムイオンを格納する場所としての存在といえます。放電では負極のグラファイトの格子状の中に収まっているリチウムがイオン化し、電解液とセパレーターを通って正極に入ります。分離した電子は外部回路を通って正極に向かい、その間に電気的な仕事を行います。正極に到達したリチウムイオンは外部回路から来た電子とともにそこに取り込まれ、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムになります。充電はこの逆で、外部回路に電流を放電と逆向きに流すと、正極からリチウムイオンが負極に移動して格納されます。リチウムイオン電池ではリチウムは金属結晶にはならず、常にイオンとして電極間を行き来します。下の反応式は正極がコバルト酸の例です。
ここで、もう少し詳しく充放電の原理・化学反応をみてみましょう。
電位差を解消するため、負極のリチウムがイオン化して、電解液とセパレーターを通って正極に入ります。分離した電子は外部回路を通って正極に向かう。正極に到達したリチウムイオンは外部回路から来た電子とともにそこに取り込まれ、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムに還元されます。
正極にあるリチウムがイオン(Li+)化し電解液とセパレーターを通過して負極の結晶層の間に溜められます。その際、分離した電子は外部回路を通って負極に移動し、正極と負極の間に電位差が発生します。
最初のリチウム二次電池は、正極にポリアニリン、負極にLi-Al合金を用いたコイン型のものが、ブリジストン・セイコー電子部品のグループにより1984年に市販されました。ただし、この電池の充放電過程では、負極ではリチウムイオンおよび正極では陰イオンの移動反応が起っており、この場合には多くの電解質の量が必要でした。次に、リチウムイオンのみが移動する型の原理(1985年にのちのノーベル賞受賞者・旭化成の吉野彰氏によって作動原理が確立)に基づく、サイズの大きなソニーエナジーテック製のリチウムイオン二次電池(LIB)が1991年に市場に現れました。ここでは、正極にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)の無機層状化合物が、負極にはリチウムイオンを層間に挿入するソフト・カーボン材料が、電解質には支持塩を含む非水有機液体が、セパレーターにはポリオレフィン系の材料が用いられました。パッケージも、薄い鋼材やフィルム状ラミネートアルミニウム材が用いられて軽量化が図られました。
この間、先端材料を用いた高性能のLIBは、主にノートパソコンや携帯電話の電源として市販化されて進展してきました。一般に、金属酸化物正極材料の持つ重量容量密度は150~200Ah/kgであり、負極材料は300~350Ah/kgです。 次図は小型円筒形LIBのエネルギー密度の一例を示しました。
最近では、「エネルギー密度;電池全体のグラム重量単位で73.9mAh/g(重量エネルギー密度:273.3Wh/kg)、容量3400mAh、電圧4.2V~2.65V(標準電圧3.7V)、出力Max-OutPut/6.2A(2C出力)」まで最高性能が向上しています。LIBに代表されるリチウムイオンの電池では、正極および負極の活物質にホスト格子の存在が必須であることから、そのエネルギー密度は限られ、300Wh/kg程度が限界と考えられてきました。現状では、すでにその限界値の90%を満たす電池が市販されていることになります。
電池全体のエネルギー密度の飛躍的な向上を図るためには、電池の容量を大きくする方向と起電力を高くする方向とがあり、容量の大きい新しい正極および負極材料を開発するか、起電力の高い正極材料を開発するかです。4V近い高電圧のLIBはすでに商品化されていますが、それ以上の高い起電力を求めるには電解質の分解に関する解決すべき課題があります。安全性の点からもこれ以上の高電圧化には困難がともないます。高容量化には多電子移動反応をともなう金属・金属化合物を正極に用いる方向がありますが、ホスト格子が安定に存在しないために、充放電のサイクル特性が悪いなど、いまなお課題が多く、その実現には時間がかかると推定されます。
リチウムの安全性については、何度か発熱・発火事故が相次いだことから、構成材料、電池構造、製造工程などの見直しが行われています。自動車への適用では、低価格化も重要となっています。
以上今回は、EVのバッテリー、特にリチウムイオン電池についてお話をさせていただきました。次回は各種リチウムイオン電池および開発中のEV用新バッテリーの最新情報をお伝えいたします。
<参考・引用資料>
「よくわかる最新電気自動車の基本と仕組み」御堀直嗣著 秀和システム
「きちんと知りたい 電気自動車メカニズムの基礎知識」飯塚昭三著 日刊工業新聞
「電池の覇者 EVの命運を決する戦い」佐藤 登 日本経済新聞出版
「リチウムイオン二次電池の性能評価 長く安全に使うための基礎知識」小山 昇 監修、幸 琢寛 編著
「EVDAYS さあ、EVのある暮らしを始めよう!」東京電力エナジーパートナー
https://evdays.tepco.co.jp/entry/2021/09/09/000018
「技術動向レポート:蓄電池技術はどこに向かうのか?」みずほリサーチ&テクノロジーズ
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2019/mhir18_battery_01.html
「リチウムイオン電池の豆知識」Hatena Blog