前回までお話をしましたように、EVを含む実用電動車の駆動モーターは、交流同期モーターをベースに、種々の斬新なアイデアや技術によって急速に進歩してきました。特に磁気解析技術によるモーター性能向上はめざましく、磁石内部配置型同期リラクタンスモーター(IPMSynRM)の高性能・高効率化や精密な界磁制御技術により、低速から高速まで効率良くモータートルクを発生するEVモーターが次々に実用化されています。
今月はこのような高性能EVモーターを裏で支える重要な機能としての「インバーター」についてのお話をしたいと思います。
(注)本稿では引き続き、国内の刊行物、ウェブ情報などの採用頻度からハイブリッド車はHV、プラグインハイブリッド車はPHEV(トヨタはPHV)、純電気自動車はEVと記述いたします。
[EVのモーター (5)-1]インバーターの役割と重要性
産業用モーターのなかには、回転速度は一定で負荷も変動しない環境で使われるものがありますが、EV用モーターは回転速度や負荷が常に変動します。そのためモーターの制御が非常に重要になります。
このEVモーターを制御するために、「インバーター」とよばれる装置が必要不可欠になってきます。
インバーターは、バッテリーからの直流電流を交流電流に変換する部品として認知されています。しかしEVに搭載されるインバーターは、それだけの役割に留まりません。単に直流から交流へ変換するだけでなく、変換する際に周波数や電流量を調整するのです。
EVにおけるインバーターの役割(DENSO)
基本的にはモーターに流す電力を増やせば回転数は変化します。負荷と釣り合った状態から、電圧を上げたり電流を増やしたりすれば回転速度は上がりますし、下げる場合はその逆のことを行います。しかし、回転磁界をもつ交流同期モーターでは、それだけでは回転速度は調整できません。回転磁界の速さ、すなわち周波数もその回転速度に合わせなければなりません。それが「同期」であるわけです。
同期をとるために交流同期モーターは、「EVのモーター (3)」でお話をしました「レゾルバ」のような回転数を検知する装置を備えています。モーターの回転と回転磁界の回転がずれてしまうことを脱調といい、そうなるとモーターは止まってしまいます。それを防ぐために電流電圧と周波数を自在に作り出すインバーターが必要なわけです。
Audi e-tron
Nissan Leaf
Tesla Model 3
各種EVのインバーター外観
また、回転数を制御するということは、インバーターはモーターを壊さないための安全装置としての役割をも持っていると言えます。インバーターは、ガソリン車を制御する上で中核となるスロットルやキャブレターのような機能を一つに集約した部品として、EVにおいてその重要性は高く、各自動車メーカーがその確保に注力しているのです。国内の重電メーカーはモーターとインバーターをセットで提案しているケースが多く、これから普及期にかけてモーターとインバーターが一体となった製品が投入されてくることが予想されます。
インバーターの供給先として、三菱自動車は明電舎から、トヨタ自動車はデンソー、豊田自動織機、アイシン・エイ・ダブリュから、本田技研工業は東芝や三菱電機などから調達を行っています。また、東芝は独フォルクスワーゲンに、日立オートモティブシステムズは独アウディに、アイシン・エイ・ダブリュは米フォードにも供給しており、国内インバーターメーカーへの需要は国内に留まりません。モーターの構造はエンジンに比べ簡単ですが、制御に関してはそんなに簡単なものではありません。安定した走行を実現するために性能の良いインバーターが不可欠なのは、言うまでもないでしょう。
[EVのモーター (5)-2]必要なモータートルクを作り出す
直流モーターでは電流とトルクとの関係がわかりやすく、電流でトルク制御がしやすいのが特徴です。しかし交流モーターの場合、ステーターコイルに流れる電流には、回転磁界を発生させる電流(励磁電流)とローターにトルクを作り出す電流(トルク電流)が含まれています。このうちのトルク電流の大きさがわかれば制御しやすくなるのですが、両電流成分はローターの回転位置と回転磁界の回転位置により変化します。そこで、実際の制御には「ベクトル制御」という方法がとられます。
ベクトルは方向性をもった力の概念です。各種晴報からベクトル演算を行って励磁電流とトルク電流に分離して検出し、それぞれの電流の大きさに応じた調整を、出力電流の大きさ、周波数、位相をインバーターで制御して必要なトルクを発生させます。
この制御の特徴は、永久磁石の磁界の強さと同一方向の磁束の強さ(d軸電流で制御)と、巻き線によってつくられる回転トルクを発生する磁束の強さ(q軸電流で制御)を独立して制御できることです。
ベクトル制御の考え方
モーター電流をトルク電流と励磁電流に分解する。そのために必要な情報は、回転磁界の回転位置と回転子の回転位置。これをレゾルバ等のセンサーで検知する。
ベクトル制御の特徴
縦軸と横軸を独立して制御できることにより、縦軸(d軸)電流でつくられた磁束(永久磁石の磁束と同一方向)と横軸(q軸)電流でつくられた磁束を独立して制御する。
その効果を端的に示すのが、先月お話をしました、いわゆる「弱め界磁制御」です。例えば前図右に示したように、d軸電流Idで作られる磁束が永久磁石の磁束と逆向き(同図の場合は下向き)になるように制御すると、永久磁石の磁束が弱められます。高速回転時には起電力の影響が大きくなり、モーターの駆動電流が流れなくなり、回転数が上がらない現象が起きます。これに対して、弱め界磁制御を行うことによってトルクは減少するが起電力が小さくなるため、同じ電圧でも回転速度を高めることができます。
一方、前図右に示されるd軸電流の方向を逆にすることで、上向きの磁束を作ることができます。この場合は、永久磁石による磁束とd軸電流による磁束が加算されるため、見かけ上、永久磁石の磁束を強められ、トルク増大に寄与します。これを「強め磁界制御」と呼びますが、一般的には、磁気飽和が起きるために実行してはならない制御になります。
[EVのモーター (5)-3]電流を間欠的に流して交流に変える
インバーターが直流から交流を作り出す基本はスイッチのオン・オフです。基本回路は右上図のようにスイッチが6つあり、3本(U、V、W)の線がモーターの巻き線につながっています。各スイッチの入れ方で3本の線には間欠的に電流が流れます。たとえばS1とS6をオンにすると電流がU・Wに流れます。このときのUとWの線間電圧は+Eです。スイッチを戻して次にS5とS2をオンにすると、電流はW・Uへと逆向きに流れます。U・Wの線間電圧は-Eになります。これでプラス波形とマイナス波形ができたことになり、交流ができたことが理解できるでしょう。
わかりやすくU・Wで説明しましたが、同様の方法でU・V・Wの問に三相交流を生じさせることができます。
直流(DC)を交流(AC)に変換して交流モーターを回す原理
<Si-IGBT素子>
実際にインバーターのスイッチングを行うには、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor : 絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)といわれる素子が多く使われています。この素子には今まで、Si(シリコン:ケイ素)が利用されていることが主流でした。
Si-IGBTを使ったスイッチングデバイスの基本回路
トランジスタなど既存のパワー素子と比べIGBTは高速スイッチングが可能なほか、電流特性や耐圧性なども優れている。またインバーターのPWM制御のスイッチング周波数を高くすることで、静音化も可能にしている。
<SiC-IGBT素子>
最近はパワーモジュールがSi-IGBTからより高性能で損失の少ないSiC(シリコンカーバイド:炭化ケイ素)-IGBTに替わり始めています。したがって、EVのインバーターもSiCが多くなってきました。
Si素子と比較すると、(1)少ない電力損失、(2)高温度での動作、(3)高速スイッチング、(4)高い放熱効果など、多くの優れた特性を持っています。次にこれらのSiC素子の優れた特徴4項目を具体的に示しました。
◇少ない電力損失(三菱電機HP)
SiCはSiに比べて絶縁破壊電界強度が約10倍高いことから、電気抵抗の主要因となるドリフト層が10分の1に薄くなることで抵抗値が大幅に低減され、電力損失を大きく減らすことが可能となる。このことにより、パワーデバイスの導通損失およびスイッチング損失が大幅に低減する。
◇高温度での動作(三菱電機HP)
従来では温度が高温になると、電子が伝導帯に移動し、リーク電流が増加し、正常に動作しないことがあった。SiCはバンドギャップ幅がSiの約3倍となるため、高温時でもリーク電流の増加が少なく、高温動作が可能になる。
◇高速スイッチング動作(三菱電機HP)
SiCは高い絶縁破壊電界強度で電力損失が低減するとともに、高耐圧化が容易となるため、Siでは使用できなかったSBD(Schottky Barrier Diode)を使用することが可能になる。SBDは蓄積キャリアがないため、高速スイッチング動作が実現できる。
◇高い放熱効果(三菱電機HP)
SiCは熱伝導率がシリコンに比べて約3倍となるため、放熱性が向上する。
◇現行EVの2種類のインバーター
次図は、それぞれSi素子およびSiCを使ったEVのインバーターの例になります。この写真ではわかりづらいのですが、SiCを使ったModel3のインバーターの方がより小型になっています。
VW・ID3(Si-IGBT)
Tesla・Model3(SiC-IGBT)
[EVのモーター (5)-4]チョッパー制御で電圧を変える
電池の直流電圧をスイッチングで変えることができます。たとえばスイッチのオンとオフを交互に行うと、電圧は100%と0%の連続となり、パルスのようになります。このようにスイッチのオン・オフを行うことは電圧を切り刻むようにみえるので、「チョッパー制御」といいます。オンとオフの時間が同じ場合は、平均すると半分の電圧になります。チョッパー制御ではオンとオフの時間も自在に決められますから、サインカーブに合わせるようなパルス輻をつくると擬似的な正弦波を作り出すこともできます。このようにパルスの幅を制御することをPWM(Pulse WidthModulation : パルス幅変調)制御といいます。インバーターがもっているこれらの機能をVVVF(Variable Voltage VariableFrequency : 可変電圧・可変周波数)といい、交流モーターの制御の基本になっています。
チョッパーによるPWM制御
インバーターのスイッチのオン・オフを交互に行う際、この時間問隔をチョッパーで制御することでパルス幅がコントロールできる。PWM制御は、パルス幅をコントロールして電圧を変化させるとともに出力周波数も制御する。
[EVのモーター (5)-5]インバーターの配置と冷却
電気自動車に搭載する電子部品は、産業用や民生用よりも高い信頼性が要求されます。特に走行系に関わる部品は人の安全にも関わるため、より一段と高い信頼性が求められます。ところで、インバーターなど走行に関わる電子部品はたいていボンネット内に収められています。そこは、夏の炎天下から冬の厳寒、ちりやホコリ、水しぶき、さらに走行による振動など過酷な環境下になります。長期にわたりこれらにさらされるわけで、性能劣化や故障の原因になりやすいといえます。そのため、設計段階からそれらを配慮した仕様になっています。
インバーターはスイッチのオン・オフを頻繁に行うため、損失の発生は避けられません。その損失は主にオン損失とスイッチング損失です。オン損失はスイッチをオンにした際の抵抗により発生する損失です。オフ時の損失は小さく無視できます。スイッチング損失はオンからオフヘ、またはオフからオンヘの移行が瞬時とはいえわずかながら時間を要していることから生じる損失です。一つひとつの損失はわずかですが、周波数が上昇すれば見過ごせない損失になります。これらはジュール熱として現れます。
このように、駆動用インバーターは電力変換の損失を反映して必ず発熱します。燃料を燃やす内燃エンジンとは大きく違いますが、無視できないレベルなのでやはり冷却が必要です。空冷と水冷の方式がありますが、EVレベルでは水冷が一般的です.主要な発熱個所はIGBTのチップの部分です。この下にベースプレートを挟んでフィンの付いた冷却プレートを設け、そこに冷却水を通す方法があります。2017年にモデルチェンジした日産「リーフ」では、ベースプレートに直接フィンを設ける「空冷方式」で冷却効率を高めています。一方、テスラ・モデル3では「水冷方式」を採用しています。
インバーターの冷却方式
次図はリーフとモデル3のインバーター冷却機構で、両者ともに棒状の冷却フィンが並んでいます。
日産・リーフの冷却機構(空冷)
テスラ・モデル3の冷却機構(水冷)
以上、今月はEVのモーターを制御する“インバーター”についてのお話でした。次回も引き続き“EVのモーター(6)”の予定です。
<参考・引用資料>
・「三菱電機:半導体・デバイス/アプリケーション」三菱電機
https://www.mitsubishielectric.co.jp/semiconductors/index.html
・「3車種EV用インバーター比較(IONIQ5・ID3・モデル3)」YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=LUsUeSP5Qw0
・「デンソーが独自開発したインバーターとSiCのしくみ」logmi Teech (DENSO Tech Links Tokyo #11)
https://logmi.jp/tech/articles/324449
・「クルマの電動化を支えるインバーター開発の舞台裏」logmi Teech (DENSO Tech Links Tokyo #4)
https://logmi.jp/tech/articles/321878
・「モーターの基礎と永久磁石シリーズ(1)~(10)」NeoMag通信バックナンバー
https://www.neomag.jp/mailmagazines/mailmag_index.html
・「電気自動車メカニズムの基礎知識」飯塚昭三 著 日刊工業新聞社
・「トコトンやさしい電気自動車の本」廣田幸嗣 著 日刊工業新聞社