前月は<生命の要素・アミノ酸>についてお話をさせていただきました。概要は、(1)アミノ酸の分子がつながることで、ほぼすべての生物学的機能を担う「タンパク質」が形成される。一方、地球上のすべての生物が用いるアミノ酸は20種類だけに限定され、且つ全てL型(左手型)である。(2)地球上の生命の材料・アミノ酸の由来は、主に「地球有機物起源説(深海熱水噴出孔モデル、陸上温泉・間欠泉モデル、隕石海洋衝突モデル等)」と「宇宙有機物起源説」に大別される・・・ということでした。
ここで、生命の起源に関する最新のニュースがあったので、以下追加情報としてお知らせします。
ひとつは、3月9日、広島大学を中心とした研究チームが、はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウのカケラ”から、少量のアミノ酸の他により多くの“黒い炭のような固体有機物を確認したこと”を発表しました。さらに3月22日、北海道大学を中心とした研究チームが、やはりリュウグウの砂から“RNA(リボ核酸)の材料やビタミンB3を検出した”と発表しました。
つまり、これらの発表は、宇宙有機物起源説を補強する新しい研究成果になるかもしれません。まだ、研究の途中のようですから、今後の研究成果の発表が待たれます。
今月は、アミノ酸や有機物を起源として、どのように生命活動が始まったのかというお話です。
[生命活動の開始-1]地球初期の生命活動の痕跡
地球誕生の46億年から40億年前の「冥王代」には、その由来は別として、すでに地球上にはアミノ酸や有機物が生命の材量として存在していました。
その後40億年から25億年前の「冥王代末期~太古代」においては、すでにアミノ酸や有機物を材料にたんぱく質を合成した生物が誕生し、生物活動が活発だったらしいことが、地質調査によってわかってきました。それでは、最古の生命活動の証拠とはどのようなものなのでしょうか。
<炭素を含んだ地層の発見>
今から約38億年前に形成された地球最古の堆積岩とされるものが、西グリーンランドのイスア地域に露出しています。この堆積岩は長い年月を経る間に変成作用(湿度や圧力などの変化によって、鉱物組成・組織などが変化する作用)や変形を受けています。
グリーンランドのイスア地域(東北大学)
発見された炭素に富む岩石(東北大学)
その地層中には、グラファイト化(黒鉛化)した炭素の微粒子が含まれており、炭素の同位体比を調べた結果、堆積時には生物の光合成活動に特徴的な同位体の変化を受けていた可能性があると考えられました。その後何年かの研究・議論が重ねられ、グラファイトのもとになった有機物は、おそらく浮遊性の光合成生物であろうと結論になりました。これが本当だとすると、今から38億年前にはすでに光合成生物が出現して活動していたことになります。となれば、生命の誕生はさらに古いであろうことが示唆されます。
光合成生物は、光のエネルギーを利用する独立栄養生物です。光合成によって、二酸化炭素が固定され、有機物が合成されます。光合成によって酸素が発生することはよく知られていますが、初期の光合成生物は酸素を発生しないタイプの光合成を行っていたのです。
一方、炭素の安定同位体は2種類(炭素12と炭素13)ありますが、光合成の際には、軽い炭素12をよりたくさん固定することが知られています。その結果、有機物の炭素同位体比はある特徴的な大きさだけ変化することになります。したがって、炭素同位体比を測定することで、光合成活動の影響を推察することができるのです。
2017年、東京大学の研究グループは、カナダ東部のラブラドル半島のサグレック岩体の調査を行って、そこに見られる堆積岩の年代が39億5000万年前よりも古いいことを示し、世界最古の堆積石であることを明らかにしました。さらに同グループは、グラファイトの粒子を発見し、その炭素同位体比が生物活動の痕跡を示すことを明らかにしました。これらは、最古の生命活動の記録を塗り替える画期的な発見といえます。
カナダ・サグレック岩体
発見されたグラファイト粒子
<冥王代から生物活動か?>
前項のカナダのラブラドル半島から最古の堆積岩と最古の生物活動の痕跡が発見されたのとちょうど同じころ、イギリスの研究者を中心としたグループが、地球最古の岩石が露出するカナダ・ケベック州北部のヌブアギトゥク表成岩帯で採集した岩石から生物が活動していた痕跡を見つけたとする論文を発表しました。ヌブアギトゥク表成岩帯の年代は42億8000万年前でしたから、冥王代における生物活動の記録ということになり、驚くべき発見です。しかし実際には、約37億7000万年前である可能性が高いようです。ただ、海底熱水作用による沈殿物等が見られるという特徴と合わせて、現在の海底熱水系に見られるフィラメント状の微生物とよく似た構造が残っているというから大変な驚きです。生命は海底熱水系で誕生したという説がありますが、そのことを支持する証拠につながるのかもしれません。
ヌブアギトゥクの地球最古の化石(1)
熱水噴出孔の堆積物の中に赤鉄鉱の管
ヌブアギトゥクの地球最古の化石(2)
碧玉岩に含まれていた糸状構造の微化石
ところが、ほとんど同じ時期に、西オーストラリアのジャックヒルズから得られた1万粒に及ぶ砕屑性ジルコン粒子から、グラファイトの包有物を含む粒子が一つ発見されたとする論文が発表されました。そして、その炭素同位体比の測定値から生命活動か示唆されることが明らかになったというのです。そのジルコン粒子の年代は、なんと約41億年前ですので、冥王代において生命活動が生じていた証拠がついに見つかったということになります。もしこれが本当であれば、サグレックやヌブアギトゥクの岩石より古い冥正代の地球上ではすでに初期の生命が活動していたことになりますから、生命の誕生は地球史最初期までさかのぼることになります。これが生命の起源に対する強い制約条件となるでしょう。
ジャックヒルズのジルコン結晶
ジルコン内部の41億年前のグラファイト
[生命活動の開始-2]高温環境で生まれた原始微生物
早稲田大学の赤沼博士と束京薬科大学の山京博士らは、分子系統解析と遺伝子工学によって全生命の共通祖先(コモノート)が持っていたと考えられるタンパク質(ヌクレオシド二リン酸キナーゼ、NDK)のアミノ酸配列を、細菌および古細菌それぞれの祖先型NDKのアミノ酸配列に基づいて推定しました。そして、その熱耐性を実験的に調べたところ、その変性温度がなんと約94℃であることを明らかにしました。NDKの変性温度とその生物の至適生育温度は正の相関を持つことから、全生物の共通祖先は75℃以上の高温環境に生息していたことになります。
また、全生物の共通祖先とは、現在の生物情報からたどれる最も古い生物であって、最初に誕生した生命と必ずしも同一というわけではありません。しかし、現在地球上に生息しているすべての生物は、高温環境に生息していた生物「超好熱菌」の子孫であることが明らかになったわけです。
ただし、高温環境とは、初期地球環境の代表的な温度を表すものか、海底熱水系や陸上温泉系のような高温環境を表すものかは別の議論になります。
全生物の共通祖先・超好熱菌(太線の系統)
<太古代の原始微生物生態系>
前項でお話をしましたように、冥王代末期から太古代にかけての地球は、海底熱水系や陸上温泉系以外にも、超好熱菌が生息する75℃以上の高温度の大気を有していた可能性があります。この高温の大気は温室効果ガスの二酸化炭素の存在だけでは説明が難しく、さらに温室効果の高いメタンの存在で初めて説明できることになります。
メタンは「メタン菌」の活動によって生産されていますが、その原材料は有機物です。光合成による基礎生産によってつくられた有機物は、さまざまな酸化剤によって分解されますが、最終段階ではメタン発酵が生じてメタンが生産されます。ということは、太古代の基礎生産はどのくらいの大きさだったのか、ということが問題になります。
現在と比べて太古代の基礎生産は小さかっかと考えられますが、つくられる有機物が少なすぎれば、メタンの生産も少なくなり、大気メタン濃度も低いレベルになってしまうからです。
現在と同様に太古代においても、基礎生産の大部分は光合成生物によって担われていたと考えられています。ただし、当時の光合成を担っていたのは、「光合成細菌」と呼ばれる光合成を行うバクテリアで、酸素を発生しない酸素非発生型の光合成が行われていました。
現在の主な光合成生物(藻類や陸上植物などの真核生物)は、水を電子供与体として利用して二酸化炭素を固定し、酸素を副産物として排出しています。
しかし、光合成細菌は、水の代わりに水素や鉄、硫化水素などを電子供与体として利用します。水は無尽蔵にありますが、水素や鉄、硫化水素の量はごく限られており、それらの供給率加基礎生産の律速要因(光合成や成長などの速度が制限される原因)になると考えられます。
例えば、大気中の水素濃度は低いため、水素を利用する水素資化光合成細菌の基礎生産を推定すると、その分解によるメタンの生産量はまったく足りないことが分かります。鉄を利用する鉄酸化光合成細菌の基礎生産についても同様です。そもそも、両者の基礎生産を足したとしても、メタンの生産量はまったく足りないのです。
東京大学の研究グループは、これら2種類の光合成細菌が「共存」するような微生物生態系を想定し、理論モデルを用いてこの問題を検討してみました。
その結果、生産されるメタンの量が非線形的に増大することが分かり、結果的に高い大気中のメタン濃度が実現されることが明らかになりました。これは大気上層における太陽紫外線によって生じる光化学反応系の複雑な反応で大きな変化を作り出しました。
つまり、もし太古代において複雑な微生物生態系が成立していたとしたら、大気中の高いメタン濃度が実現可能である、ということが分かったのです。
太古代の想定微生物生態系(東京大学理学部ホームページ)
[生命活動の開始-3]シアノバクテリアの出現
前項でお話をしましたように、太古代の中頃までには、光合成(光エネルギーを吸収し、無機物から有機物を合成する)を行う生物がすでに出現していたと考えられていますが、太古代末期までは酸素非発生型の生物・メタン菌でした。しかし、約29億年前の太古代末期になると酸素発生型光合成を行う「シアノバクテリア」が出現し、大気中に遊離酸素を放出し始めたと考えられています。
光合成は当初、酸素非発生型光合成からスタートしたが、やがて猛毒である酸素を放出しても、それに耐えられる構造を獲得していきました。そうして生まれたのが核を持たない原核生物であるシアノバクテリアです。酸素は、生物活動においてより大きなエネルギーを生み出すことを可能にします。その大きなエネルギーを利用するために、生物は酸素に適応するように進化していったのです。
シアノバクテリア
シアノバクテリアが放出する酸素は、次第に大気中に蓄積していきました。それが地球大気の組成を大きく変え、地球表層環境を大きく変えると同時に、遊離酸素を持つ大気とともに生物が進化するようになります。地球と生命がともに関与しながら進化する「共進化」の歴史の始まりです。
シアノバクテリアがつくり出した酸素は、海水に溶け込んでいた鉄イオン(二価鉄=Fe2+)が反応して、三価鉄(Fe3+)との混合酸化鉱物である磁鉄鉱・マグネタイト(Fe3O4)を晶出させました。このような反応が進むことによって、猛毒だった海が次第に浄化され始めたのでした。
<黒い海から赤い海へ>
シアノバクテリアが生まれた頃の海の色は現在のような青色ではなく黒かったと考えられています。それは、酸素が少なく、二価鉄の溶解度が高かったため、マグネタイトの黒色を反映していました。しかし、大陸縁辺の浅海域では「ストロマトライト」を形成する光合成生物が大量に現れた記録が残っていて、それら大量の光合成生物の出現により、海洋表層は次第に酸化的になっていったと考えられています。また、その一方で嫌気的なメタン菌などは、より還元的な大陸棚深部に棲むようになりました。
光合成によって増加した酸素は、海洋の二価鉄を三価鉄に換えたため、海洋のFe(鉄)の溶解度は変化した。三価鉄は海に溶けないので、その結果、「縞状鉄鉱層(ストロマトライト)」が形成されました。また海洋の組成は、大気と同様、少しずつ酸化的になり、海洋は赤鉄鉱・ヘマタイト(Fe2O3)の赤みがかった色に変化していきました。
次図はマグネタイト(Fe3O4)が晶出した黒い海とヘマタイト(Fe2O3)による赤褐色の海の想像図(空の色は無視してください)です。
マグネタイトが晶出した黒い海(想像図)
ヘマタイトによる赤褐色の海(想像図)
<赤い海から青い梅へ>
ほとんど海洋に覆われた単調な環境たった太古代の地球表層には、マントルの活動が引き起こしたプレート移動によって陸地面積が急激に増加し、光が差し込む適度な浅瀬をつくり出しました。それが、シアノバクテリアをさらに繁栄させることにつながりました。
シアノバクテリアが排出する酸素のおかけで、海中の鉄イオンが急激に減少し、そしてその結果、海の色は、赤褐色から現在に近い青色に近づいていったのです。
大陸の浅瀬でシアノバクテリアが大繁栄
酸素が増加して海の色は青色になった
シアノバクテリアは、大気中の酸素濃度の上昇を通じて、地球環境を劇的に変えた生物です。シアノバクテリアによって、現在の富酸素大気が形成されました。われわれ人類をはじめとして酸素呼吸を行う複雑な生物の繁栄は富酸素大気のおかげです。その意味において、シアノバクテリアの出現は、地球史および生物史の両方においてきわめて重要なできごとだったということができるでしょう。
こうして生物は、自ら地球表層環境を変え始め、文明を生み出す地球生命へと突き進んでいくことになっていきます。
<微生物活動の証拠・ストロマトライト>
微生物の活動によって形成される構造物は地層中に残されるため、間接的に生物活動の有無を知ることができます。
特に「縞状鉄鉱層(ストロマトライト)」と呼ばれる構造物は原生代や太古代には普遍的に見られます。ストロマトライトとは、現在でも限られた地域で形成されており、シアノバクテリアの作用によって有機物や砂、泥が層状に堆積してつくられるドーム状の構造物のことです。ただし、古い時代のストロマトライトには、通常は生物化石や有機物が残されていないため、果たして本当に生物起源なのかが疑われます。
しかし、西オーストラリアのピルバラ逵域における約27億年前のストロマトライトの微細構造を詳細に分析した結果、有機物が残されていることが分かりました、すなわち、生物が関与した堆積構造であることが確実だと考えられます。
また、同じくピルバラ地域に分布する約35億年前の地層からもストロマトライトが確認されたとする報告があります。それがどのような生物の活動によるものなのかは分かりませんが、こうした生物の活動はかなり古い時代からあったといえるようです。
ピルバラ地方の縞状鉄鉱層・ストロマトライト
以上今月は、地球上にアミノ酸や有機物が発生または飛来した地球初期の時代から数億年後には、すでに原始微生物としての生命が誕生し活動を開始していたことや、シアノバクテリアによって地球の大気や海洋に酸素が供給されていったことなどのお話をさせていただきました。
来月からは25億年~5億年前の「原生代の地球」についてのお話に移ります。
<参考・引用資料>
◆Web
・「りゅうぐう試料にRNAの材料 ビタミンB3も検出―北大など」時事ドットコム 2023.03.22
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023032200044
・「生命の起源はアミノ酸よりも“黒い炭”という新説登場・・」FNNプライムオンライン 2023.03.09
https://www.fnn.jp/articles/-/495530
・「最古の生命の痕跡をグリーンランドの岩石中に発見」東北大学プレスリリース 2013.12.09
https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20131209-2632.html
・「グリーンランドで発見された最古の生物活動の痕跡」Isotope News 2014年7月号 No.723
https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201407_TRACER_KAKEGAWA.pdf
・「地球最古の海洋堆積物から生命の痕跡を発見!」東京大学プレスリリース 2017.09.21
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20170928pressrelease.pdf
・「【化石】39億5000万年前の岩石に生命体の痕跡」Nature Japan 2017.09.28
https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/12197
・「地球最古の化石発見、約40億年前の生命の痕跡」AFP BB News 2017.03.02
https://www.afpbb.com/articles/-/3119776
・「原始微生物生態系が温暖な初期地球環境形成の鍵を握っていた」東京大学理学研究科・理学部広報室
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/5678/
・「超好熱菌性アーキアの核酸関連酵素・遺伝子の解析」東洋大学 生命科学部 東端研究室
http://www2.toyo.ac.jp/~higashibata/research.html
◆書籍
・「地球と生命の誕生と進化」 丸山茂徳 著 発行元:清水書院
・「46億年の地球史」 田近英一 著 発行元:三笠書房
・「地球生命誕生の謎」ガルゴー他 著 発行元:西村書店
・「地球・惑星・生命」日本地球惑星科学連合 編 東京大学出版会
・「生物はなぜ誕生したのか」ピーターウォード、他 河出書房新社
・「生命の起源はどこまでわかったか-深海と宇宙から迫る」高井 研 編 岩波書店