前回は「人類の誕生と進化」の過程を、“サル”から“ヒト”への分岐、人類の進化と地球上への拡散などについて詳細に調べてみました。その結果、直立二足歩行をするヒトへの分岐は700~500万年前に始まり、やがて180万年前頃アフリカ大陸に“ホモ属”が出現し、約30~20万年前に現生人類直接の祖先である“ホモ・サピエンス”が生まれました。ホモ・サピエンスはアフリカから世界中に拡散し、ネアンデルタール人や北京原人のような様々な原人が世界各地で繁栄して現在の人種の源となりました。
今月は第四紀完新世における “人類繁栄の時代(次図赤枠)”についてのお話となります。
顕生代の代区分と紀区分の関係(NeoMag 編集)
[人類繁栄の時代へ-1]人類の繁栄のはじまり
更新世・最終氷期の末期に温暖化が始まります。「ベーリング/アレレード期」と呼ばれる温暖期が 約1万4600~1万2900年前に訪れますが、温暖化の途中で、突然、寒冷化が起って再び寒冷期に逆戻 りします。これが約1万2900~1万1700年前に生じた「ヤンガードリアス期」と呼ばれます。いわゆ る大きな“寒の戻り”です。この、ヤンガードリアス期が終わった約1万1700年前から、現在へと続く “間氷期”である「完新世(または後氷期)」が始まります。
最終氷期の亜氷期と亜間氷期(Hatena Blog)
<農耕の始まり>
現在のシリアに当たるユーフラテス川中流域の“テル・アブ・フレイラ”では、最終氷期の時代の 約1万3000年前にライムギなどを栽培していたと考えられる世界最古級の農耕の跡が発見されています。 ちょうどヤンガードリアスの急激な寒冷化とそれに伴う乾燥化か始まったころ、それまでの主食であっ た野生のムギ類やマメ類等が激減したことが分かっています。すなわち、気候変動に起因してライムギ の栽培が始まった可能性が指摘されています。テル・アブ・フレイラでは1万1050年前ごろの住居跡な ど集落の遺跡が知られています。
人類最古の農業発祥の地 テル・アブ・フレイラ (Biglobe)
その後の完新世に入ると、気候は温暖化に向かい、農耕の本格的開始に伴って牧畜も始まり、人類の 生活スタイルは、それまでの狩猟採集型から「農耕牧畜型」へと変わります。農耕牧畜によって安定し た食料の供給や備蓄が可能となることは、共同体の生活を支え、人口増加による都市化のために必須の 条件といえます。農耕には大量の水が必要ですが、河川は氾濫を起こすことから、その管理のために灌 漑がなされるようになり、さらに農耕や作物の管理のために歴や測量などが必要となるために、天文学 や数学などの学問が発展したのではないかと考えられます。
[人類繁栄の時代へ-2]四大文明の発展
<農耕の進歩と文明の発展>
紀元前3000年~2000年(5000年~4000年前)にかけて生まれた「世界四大文明」である“メソポタ ミア文明”、“エジプト文明”、“インダス文明”、“中国(黄河)文明”などは、それぞれチグリス川とユ ーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河などの大河川流域で繁栄したことはよく知られています。 河川の氾濫を利用した氾濫農耕や氾濫を制御する「灌漑農耕」の確立が、文明の発展の一つの要因だっ たとも考えられます。
その後の紀元前1400年から1000年にかけての長江文明、さらに後のメソアメリカ文明(マヤ文明や アステカ文明など、スペインによる征服以前の中米の古代文明)、アンデス文明などその他の文明でも 灌漑農耕が発達しました。文明の特徴である、政治・社会システム、冶金技術(金属の精錬や加工の技 術)、宗教、芸術、文字などほかの要素についても、都市の発達に伴い、ある程度の必然性を持って獲 得されていったのかもしれません。
世界の四大文明と河川(Ameba:NeoMag 編集)
メソポタミア文明の遺跡(イラク)
エジプト文明のピラミッド群
インダス文明の遺跡(モヘンジョダロ)
中国文明の遺跡(河南省・蘇羊遺跡)
この間、地球の気候は比較的安定していたことが分かっています。実際には、8000年前ごろの寒冷化 (ボレアル期)、7000~5000年前ごろの温暖化(気候最適期)、西暦900~1250年頃の“中世の温暖期”、 西暦1250~1850年頃の“小氷期”など、気候変動があったことは知られていますが、地球全体で見た場 合には必ずしも大きな変動だったとは限らないようです。いずれにせよ、突然かつ急激な気候変動が繰 り返した最終氷期と比べると、完新世の気候はきわめて安定しています。この理由は必ずしもよく分か ってはいませんが、海洋循環が比較的安定していることが一つの要因でのようです。
[人類繁栄の時代へ-3]温暖期サイクルと新たな文明
地球全体が暖かかった9000~5000年前を、“完新世の最温暖期”とよびます。例えば日本では、縄文 時代(12000~2500年前)の中期だった頃の6500~6000年前に、海面が10メートル近くも上がる「縄 文海進」が起きました。そのことは、関東の内陸に見つかる多くの貝塚がその証拠を表しています。
完新世の安定した気候が続く中で、その後の5000~4000年前には、前項でお話をしました4大文明が 発展しました。4大文明後を世界的に見ると、約4000年前(紀元前2000年)以降の温暖期のうち3つ を、“ミノア温暖期”(エーゲ海のクレタ島周辺で青銅器文明が繁栄)、“ローマ温暖期”(ローマ帝国が 繁栄しグレートブリテン島の北部でもワインを製造)、“中世温暖期”(グリーンランドヘの植民が進行、 平安時代の日本では、今の岩手県の平泉に藤原三代が繁栄)とよびます。生活環境の温度をいじれない 時代なら、食物の豊富な温かい時期に文明が栄えたのは当然です。なお、中世温暖期が地球全体の現象 だったと推定する学術論文は、40か国以上の研究機関から発表されています。
1万1千年間の北極圏の気温変化(Climate4you)
[人類繁栄の時代へ-4]ミノア温暖期とミノア文明
完新世の安定した気候の中で、約4000年~3000年前に特に温暖化した時期があり、その期間を“ミ ノア温暖期”と呼びます。その名称の元となった「ミノア文明」は紀元前2600年~1400年にエーゲ海 のクレタ島で栄えた文明で、エーゲ文明前期を代表します。別名クレタ文明、ミノス文明ともいいます。
時代区分としては、新石器時代に続く3期の青銅器時代に区分されます。初期には東部のバライカス トロ、モクロスなどに港市が興りました。中期にはより広い平野部のある中部が栄え,クノッソス、フ ァイストスなどに宮殿が建築され、前1600年にはクノッソス王が島内を統一、クレタ文明の最盛期が出 現しました。東地中海の全域で貿易活動を行った。前1500年ころ以後ミュケナイ人の支配下に入り、前 1400年ころ異民族の侵入、もしくは地震などによりクノッソス宮殿は破壊され、文明も滅びました。
ミノア文明は都市文明ですが、宗教、軍事、商業ともに宮廷が中心であり、壮麗な宮殿建築の装飾は おもに壁画で、幾何学文、動植物、宮廷生活などが精妙に描かれています。また装飾・形態の多彩な陶 器、青銅・象牙を主材とする小彫刻が多くみられます。ミノア美術全般を通じて自然主義的、動的な表 現が顕著にみえ、その信仰は自然崇拝と呪物崇拝を基調とする多神教(主神は女神)であったとみられ ます。中期から後期にかけて使用された線文字A(クレタ文字)は未解読のままです。
ミノア文明の遺跡・クレタ島のクノックス宮殿
クノックス宮殿の壁画
[人類繁栄の時代へ-5]ギリシャとローマの古代文明
ミノア温暖期のあと、紀元を挟んだ2500年~1500年前に次の温暖な時代がやってきました。これを “ローマ温暖期”と呼んでいます。この時代には地中海沿岸の大きな文明の「ギリシャ文明」と「ロー マ文明」が発展しました。
<ギリシャ文明>
ギリシャでは紀元前800年頃から、ギリシャ各地に、いくつもの独立した都市国家(ポリス)が出来 ました。なかでも、アテネという都市国家と、スパルタという都市国家の、この2つの都市国家(ポリ ス)が有力でした。ギリシャでは商工業が発達して、平民や兵士の力が強くなりました。
都市国家(ポリス)のうちの一つであるアテネでは、18歳以上の男子の市民による直接民主政治(デ モクラチア)が行われました。一方、ギリシャには、人口の1/3も占める多くの奴隷が多くいましたが、 奴隷は民主政治には参加できませんでした。民主政治に参加できたのは、市民や兵士などの特権階級だ けでした。また、スパルタなどの他のポリスでも、似たような市民や兵士という特権階級による民主政 治が行われました。
当時のアレクサンドロス大王は領土拡大のためにさかんにエジプト、ペルシャなどのオリエントに遠 征しました。それと同時に、オリエントの文化が、ギリシャにも伝わってきて、ギリシャでは、オリエ ントの文化とギリシャの文化が交わった新しい文化の「ヘレニズム文化」が生まれてきました。ヘレニ ズムの語源になった「ヘレネス」とは、「ギリシャ人」という意味です。
ギリシャの学問では、科学がさかんになり、数学者のエウクレイデス(ユークリッドのこと) や、 物理学者・機械工学者のアルキメデスが現れました。
ギリシャでは、ギリシャ文字が使われていて、この文字はフェニキア文字(オリエント地方で使われ てた文字の一つ)が元になっています。さらに、ギリシャでは、演劇や建築、物語などが発達し、ご存 じのギリシャ神話もつくられました。様々な議論もさかんになり、哲学や数学などの学問もさかんにな りました。哲学者の アリストテレスやソクラテス、歴史学者のヘロドトスなど、多くの学者がギリシ ャ文明から出現しました。
ミロのヴィーナス
パルテノン神殿
<ローマ文明>
ギリシャの都市国家が繁栄を始めてしばらくしてから、紀元前600年頃には、イタリア半島でいくつ かの都市国家ができていました。前100年頃、都市国家の一つの“ローマ”は周辺の都市国家を征服 し、「ローマ帝国」ができました。さらに、前30年頃にはローマ帝国が地中海を囲む、ヨーロッパ南 部および中央部、西アジアの地中海沿岸部、アフリカの地中海沿岸分の一帯まで支配を広げました。
ローマのコロッセオ(競技場)
ローマ時代の水道橋
ローマによるヨーロッパの支配は、今で言うフランス(当時はガリア)の地をほぼ全て支配し、スペ イン(当時はイスパニア)の地まで、ほぼ全土を支配しました。ローマはギリシャ文字のアルファベッ トをもとにした、ローマ独自の文字のラテン文字(ローマ字)を持っていました。さらに、ローマに は、ギリシャと同様、奴隷がいました。
ローマでは広い領土をおさめる必要性から、実用的な文化が発達しました。暦(こよみ)では、エジ プトの太陽暦をもとに、ユリウス暦を作り、道路、水道を整備し、法律も作りました。
<ローマ温暖期のアルプス越え>
数千年の期間で見ると世界各地の氷河は、温暖期と小氷期の間で、前進と後退を繰り返してきました。 たとえば、ローマ文明が栄えたローマ温暖期の紀元前218年には、現スペインのカルタヘナを出たカル タゴの「ハンニバル軍」が、後退した氷河のおかげで象の戦車や騎馬隊が氷河を避けることができ、ア ルプスを北から南へと越え、ローマ本土に侵攻しています。アルプスの氷河が現在の姿だったら、とて もそんなことはできません。
ハンニバル軍のアルプス越え(eu-alps.com)
ハンニバル軍の進路
以上のように、ミノア温暖期、ローマ温暖期と続いて人類は文明を発展させ、繁栄し続けました。さ らに次の寒期を過ぎると中世温暖期に入り、人類はふたたび大きな変革を起こします。
以上が今月のお話です。更新世・最終氷期末期の温暖化の始まりと同時に、人類は農耕による食料調達 の方法を見つけ、さらに灌漑農耕により四大文明を築きあげました。そして、周期的な温暖期の訪れの 中で、紀元前2000年ころのエーゲ海のミノア文明、そして紀元前後のギリシャ文明・ローマ文明へと人 類は繁栄を加速していきます。
次回は、中世の温暖期に起こった“産業革命”とそれ以降の近代における人類の繁栄の歴史のお話を予定しています。
<参考・引用資料>
◆Web
「最終氷期/ヤンガードリアス期/完新世」歴史の世界を綴る Hatena Blog 2017.02.18
https://rekishinosekai.hatenablog.com/entry/senshi-younger-dryas
「天文学的要因が左右する更新世前期の地球の気候と氷床量変動」国立極地研究所
「人類最古の農業発祥の地 テルアブフレイラ (シリア)」Biglobe
https://www2s.biglobe.ne.jp/~yoss/moon/TellAbuHureyra.htm
「Global temperatures」Climate4you
https://www.climate4you.com/GlobalTemperatures.htm
「ミノア文明」ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%82%A2%E6%96%87%E6%98%8E
「最古のエーゲ文明 ミノア文明の中心地クノッソス宮殿へ!」よわくてニューゲーム 世界旅行記
http://newgame-worldtrip.com/knossos/
「中学校社会 歴史/古代のギリシャ文明とローマ文明」WIKIBOOKS
「気候変動と文明の盛衰」小泉 格 Journal of Geography 116 (1) 62-78 2007
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/116/1/116_1_62/_pdf
「2200年前のハンニバルのアルプス越えルートは象の“アレ”でわかった!?」幻冬舎 PLUS 2023.11.25
https://www.gentosha.jp/article/24580/
「ハンニバル軍のアルプス越え」eu-alps.com
https://www.eu-alps.com/i-site/hannibal/hannibal0011a.htm
◆書籍・文献
「地球温暖化狂騒曲・社会を壊す空騒ぎ」渡辺 正(著)、丸善出版
「46億年の地球史」 田近英一 著 発行元:三笠書房
「地球と生命の誕生と進化」 丸山茂徳 著 発行元:清水書院
「地球と生命の46億年史」 丸山茂徳 著 発行元:NHK出版
「地球生命誕生の謎」ガルゴー他 著 発行元:西村書店
「地球・惑星・生命」日本地球惑星科学連合 編 発行元:東京大学出版会
「生物はなぜ誕生したのか」ピーターウォード、他 発行元:河出書房新社
「人類史マップ」テルモピエバニ、他(著) 出版元:日経ナショナルジオグラフィック社